ちょっと話さないか、そう言った元夫について仕方なく部屋を出た私は、ダイニングテーブルの前に所在なく立っていた。元夫は冷蔵庫からビールを2本取り出して1本私に渡すと、座れよ、と椅子を指した。私が腰掛けるのを待っていたかのように、元夫は言った。カードも何もかも置いていって、オレに全部やれ、っていうの?ほんとに離婚するつもり? 私は黙って聞いていた。 離婚だ、離婚だ、って騒いでたのは、そっちじゃない。いまさら、私のせいにしようっていうんじゃないでしょうね。 心の中でそうつぶやいた。でも、元夫を怒らせないようにその時の気持ちを伝えるのは不可能だった。だって、私はあきれていた。結局、最後は私が悪者なんだ。いつもそうだ。そうやって、理不尽な理屈を私が何か言うより先に口に出すことによって、自分を正当化する。どう考えたって筋が通ってない幼稚なやり方で私の気力を萎えさせる。あまりにばかばかしくて戦う気にもなれない。私が何か言葉を発すれば、それこそ、そこに元夫に対する軽侮が表れてしまう。そんな時、口を閉ざす以外、私にどんな手段があるというのか。何も言わないのが一番いい。早く言いたいことを全部言っておしまいにしてください。元夫の問いかけに対する答えを探すより、そんな言葉が頭の中でぐるぐる回っていた。元夫は更に私を追い込んだ。 なんで、ここにいることにそんなにこだわるんだよ。いつかは西海岸へ行きたい、って言ってたのはおまえだろ。 元夫にとって、私の口から出た言葉は永遠普遍だ。いつも、あのときこう言ったのに、と私を責めた。だから私は、いつも言葉を慎重に選んで、言ってしまったことはキチンと実行した。やりはじめてから、あ、ちょっと違うな…、と感じても元夫に気づかれないように軌道修正しながら、たとえそれが遠回りになったとしても、自分が決めたとおりにしてきた。それでも、たまには失敗する。方向転換しなければいけないことを元夫に伝える。元夫は決まってこう言う。 こないだの話と違うじゃないか。 私は確かに、いつかは西海岸に移りたいよね、って言った。でも、この街に来てまだ3年目。ようやくアメリカでの生活に慣れたところだった。住んでいたコンドミニアムだって買ったばかりだった。元夫が、家を買おう、と言ったとき、まだ時期じゃない、と私は思った。でも、仕事も続かない、この街を出ていくことばかり考えている元夫が、家を買うことで少しでも落ち着いて生活する気になってくれるのだったら、と私は協力した。それなのに、今すぐこの街を出ていきたい、という人についていけるワケがあるわけない。あたりまえの生活をあたりまえにできるまでに、私がどれだけ走り回ったと思っているのか、言葉の壁と戦いながら悪戦苦闘してきた私を元夫は全く知らなかった。私が何も言わなかったから。アメリカで仕事がしたい、と言い出したのは元夫だ。だが、あるときから、元夫は人に聞かれると、女房と娘が行きたがってるから、と答えるようになっていた。私は横で聞いていて否定しなかった。そして、それが真実になった。だから、おまえが来たいって言ったんだろ、と言われるのが悔しくて、私は愚痴を言わなかった。 みみさん、考え方が保守的なんじゃないですか? とトモダチに言われたことがあった。そうじゃない。私が毎日少しづつ積み上げて作ったレンガの家を元夫はこともなげに壊そうとしている。そして、それをまた、どこかよその土地で一からやれ、と言っているのだ。そしてそれは、またいつか繰り返される。私の努力が報われる日はやってこない、絶対に。確かに私は、西海岸に住みたい、と言った。この街で暮らすことにこだわるつもりはない。でも、元夫みたいな人についていくのはもうイヤだ。元夫についていく限り壊され続ける私の軌跡、私の小さなレンガの家を守ろうとして何が悪い。 どうなんだよ。 元夫の苛立った声に私は我に帰った。 だって…、大粒の涙がほほを伝った。ここに来てから3年間ずっと仕事を辞めたい、よそに行きたい、って言い続けた人と暮らしてきたのよ。そんな人についていけるわけないじゃない…。 最後の方は言葉にならなかった。