忠誠!! 一等兵イム・ジュファンは2012年5月1日付で上等兵進級を
受けました。
ここに申告します。
Q. 広報支援隊転入後、一ヵ月半が過ぎた。
広報支援隊生活はどうか?
転入後、一応末っ子がすることから始めた。
慰問チームでスケジュールが忙しくて空席ができる場合、色々な
内部ですべきな国軍放送ラジオ、テレビ番組進行を引き受けてしたし、
上等兵になってもまだ後任がなくて継続している。
Q. 現在の国軍放送で受け持っているプログラムに対して紹介するならば?
現在受け持っているプログラムは国軍放送-TV軍隊再発見、国防レーダー365を
している。
軍隊再発見プログラムは陸・海・空軍を分けないで、色々部隊を訪問して
紹介をするプログラムだ。
例えば特別に山岳警戒をする歩兵師団、軍犬を育てたり、潜水艦に乗る
風変わりな軍人の姿をお見せしていて、国防レーダー365は各補充隊、
初めて入隊をするために入所をする、例えば陸軍は102補充隊、
論山(ノンサン)陸軍訓練所、306補充隊、三カ所があるのに他の所も
あるが最も大きい三カ所と海兵隊は浦項(ポハン)など訪問して
入所をする場面、家族らとの切ないということ、ガールフレンドが
悲しむ姿、友人らと入隊を祝ってからだ健康に軍服務を終える
メッセージを伝える姿を紹介する。
Q. 一階級進級して変わった点は?
軍ではもちろん階級の差で二等兵、一等兵、上等兵、兵長が分けられることはするが、
私が他の見方をすれば運が良かった場合だ。
軍生活21ヶ月中、10ヶ月程度を野戦部隊で服務したし、広報支援隊で残った
軍生活10ヶ月程度生活をするが、階級が上がりながら変化よりは野戦部隊での
1年余りの間生活が上手だったし、広報支援対で残り1年程度の生活が上
手ならば良いそうで軍隊を2番街は感じだ。
それで今やっと二等兵になった感じだ。
軍隊を2番街は感じが良いものか?^^物では21ヶ月服務をしてまた行くことになれば
とても苦しいが21ヶ月中に軍隊を2度来た感じは大丈夫であるようだ。 *^0^*
Q. 野戦での生活と広報支援対での生活、違いは?
多くの差があったよ。
ほとんど180度違う。
野戦部隊のような場合は決まった時間と決まった統制にしたがって
動かなければならなくて、決まった時間内に就寝する日課が
決まっているならば、広報支援対はその時ごとに変化が多い。
例えばスケジュールが突然できて地方撮影に行かなければならないなど
多くの変化の激しいことができる。
野戦部隊は決まった日程と訓練、起床時間、午前一と時間、昼食、
午後日課など何時に始めて何時に終わって、何時からは休んで、
決まっているので広報支援隊はずっと動いて、また、時々訓練を
受けながら考える余裕もない。
ところで野戦は考えることがない。
そのままさせるままに、統制のとおりついて行けば全く問題がなくて、
広報支援隊は変化が多いからセンスが良くなければならないようだ。
Q. もう上等兵、半分が残った軍生活今後の覚悟は?
多くの方々が広報支援隊に対して誤解をしている。
本当にやさしいところだ、気楽にある所だ..
誤解をするのに体験してみなくて話すのはとても軽率だと考える。
そのようなイメージより、広報支援隊員ができる一軍に役に立つことは
最善を尽くしていて、他の兵士たちと違うように特別な恩恵を受けながらあるのではない。
そのためにより一層その部分を知らせるために残った軍服務期間を広報支援隊員として
生活をして、さっき申し上げたように二等兵の立場で残り1年を服務するつもりだ。
Q. インタビューを終えて..
待って下さる方々がおられるでしょう? ^^
選任方々、後任方々、幹部様がよく取りまとめて下さってからだ健康にあって、
また心配されたからだが痛かったことは全く問題がない。
入所する時こういう話をした。
元気になるために軍隊を行ってくるだろう。
からだが痛いが治療をしに行ったのではない。
本当に心身が元気になり精神が元気になるそのような軍生活を終えて
転役してごあいさつする。
今まで広報支援隊上等兵イム・ジュファンでした。 忠誠!!
