ゴッホについて,、ちょっとだけ書いておこうかな。興味を持ったきっかけも含めて・・・。

自分で調べたり、ゴッホに関する本を読んだりした時の記憶を辿って書くので、誤った認識とかあるかも。

うろ覚えのこととかも。


もともと絵を観るのはキライではない。というか、むしろ好きラブラブ でも、特に、この画家が好きっていうのはなかったんだけど・・・。


ゴッホに興味を持ったのはもう10年くらい前になるかな?

観ようと思って観ていたわけではなく、ただなんとなくテレビを点けていただけで、流れていたバラエティ番組を観たのがきっかけ。

名前の由来に関しての番組で、芸人のコンビ名、どうしてそのコンビ名に?とかやっていたのに混ざって、ゴッホのそれについての言及があった。



彼には、生後まもなくして亡くなった兄がいた。兄の名は『フィンセント・ファン・ゴッホ』・・・そう、彼とまったく同じ名前。

7歳か8歳の頃、彼は自分の名の刻まれた墓石を見つける。そして、その墓石に刻まれた、彼が見たもう一つの文字は『1852年3月30日』。自分の生年月日のちょうど一年前の日付。兄の生まれた日だった。兄弟は奇しくも同じ誕生日。

彼は、兄の存在を両親から聞かされていなかった。最後まで両親からは聞かされることはなかったのかな、確か。


「僕は、兄の代わりでしかないんだ・・・。」


フィンセントの幼い心は深く傷ついた。



彼の初期の作品は、暗い色のものがほとんど。代表的なのが、『馬鈴薯を食べる人々』。

そんな彼の作品に、明るさが挿すようになったのは、ゴーギャンとの交流の始まりから。

すでに画家として名を馳せていたゴーギャンの影響を受け、その頃から作品には『黄色』が目立ってくるようになる。

憧れと羨望を抱き、自分から請うてゴーギャンとの生活を実現させるも、同居生活は長くは続かない。


「ゴーギャンを殺せ、ゴーギャンを殺せ・・・」


僕は彼を尊敬している、なのに、なんでこんな声が聞こえるんだ、と、自分の意思に反する幻聴に悩まされ、自分の耳を切り落とす。

彼は、数点自画像を残しているが、これは、『耳を切った自画像』。


   


ただ、つい先日、耳を切ったのは、ゴーギャンだという説が報道された(時事通信 より)。



興味を持ち始めた頃、フィンセントに関する文献は結構読んだが、名前に関する由来と、この幻聴に関しての記述は、私の調査があまいせいもあるが、見たことがないので、ここに残しておこう。。。