外側からも 内側からも
自分らしく輝く メイク教室
美塾講師 大西 美加
先月、鹿児島の知覧へ行って来ました。
『知覧』と聞いてピンとくる方と、
そうじゃない方がいる思いますが…
知覧とは、10代・20代(最高齢で32歳)を中心とした男性が特攻隊として
命をかけて飛び立った場所です。
(特攻隊の方たちは、この開聞岳を見ながら沖縄に飛んで行った)
知覧へ行くのは3年振りの2回目。
3年前に行ったときは
今まで、なんとなくしか知らなかった知覧を知った
どんな思いで、彼らが飛んでいったのか
どんな思いで、家族は彼らを見送ったのか
自分の人生を自分で選ぶことの出来なかった時代の、特攻隊の方たち
自分の人生を自分で選ぶことのできる今に、私はいる
(3年前に見た、知覧の桜)
3年前、知覧へ行って
自分で選んで決めた人生を、ブレずに進もうと決めた
でも、あれから3年が経ち
あの時、当たり前じゃないと感じた、今の生活を
どこか、当たり前に感じてしまっている、今
「私はあの時、決意した人生を進んでる?」と考えたとき
3年前と同じではないけど
3年前と同じように、ブレている自分がいた
「私、何にも変わってないやん!!」
今回、変わっていない自分に気付き
でも、
知覧へ行くと決めてから、大きく色々なことが動き出し
知覧に行けた私は、3年前とは違う私だった。
(鳥濱トメさんのひ孫さんの、鳥濱拳大さん)
今回、「特攻の母」と呼ばれた、鳥濱トメさんのひ孫さんである
鳥濱拳大さんにお話を伺い、知覧平和会館に展示してある資料が
外部向けに書かれたり、撮られたりしたものだと知った
なぜ、日本の為に命を掛けて戦ってくれている特攻隊の方たちが
三角兵舎のあんな場所で、最後の夜を過ごさなければいけなかったのか
なんとも言えない想いが、湧き上がってきた
いくら考えても「なんで?」「なんで?」の疑問が消えない…
(平和会館会館にある三角兵舎のレプリカ)
(特攻隊の方たちが最後の夜を過ごした、三角兵舎跡地)
実際に足を運んでみないとわからないことが、たくさんある。
選択できる人生が、当たり前ではないということ
今、自分で選択できる人生を生きれていること
改めて感じ
私たちなは、彼らが命を掛けて繋いでくれた今を、
精一杯、生きる責任があると感じた
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