アラビアオリックス Oryx al-Mahaa
野牛・野生牛バカル・ワフシーBaqar al-Wahshii(3)
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オリックスOryx・Mahaa 野牛・野生牛バカル・ワフシーBaqar al-Wahshii4種
アフリカオリックス(Oryx gazella) アラビアオリックス (Oryx leucoryx)。
両オリックスの相違 一角獣Uniconeの原型
アラビアオリックスの方は綺麗な白色 「砂漠の真珠」
雄の荒い性質 性欲の激しさ 幼獣の姿は牛に似る
アラビアオリックス の名称 別称3種 綽名・クンヤ(尊称)2種
アブー・サウラウAbuu・Sawla“「アロエの父」
本ブログではオリックスを主体に述べるはずであった。オリックスはアラビア語ではマハーal-Mahaa と称される。しかしアラブ民俗学上、オリックスは野牛・野生牛バカル・ワフシーBaqar al-Wahshiiの一種とされる。野生牛はオリックスであるマハーだけではなく他に3種あるとされる。
すなわち野牛・野生牛バカル・ワフシーBaqar al-Wahshiiには4種あり:
①マハー al-Mahaa Oryx Beatrix、一角獣の発想の元。
②アッイル al-Ayyil アッイル鹿、ベゾアールア鹿 ベゾアール石・胃石が採れる
③ヤフムール al-Yahmuur Cerves capreolus ダマジカ(Cervus dama)の亜種
ペルシャダマジカ (Dama dama mesopotamica)
④サイタル al-Thaytal Capra jaela ヌビア・アイベックスの類。
主題のオリックスを後回しにして、一回目の前々回のブログ稿では②のアッイルal-Ayyil(アッイル鹿、ベゾアールア鹿)を紹介した。そして二回目の前回は③ヤフムール鹿al-Yahmuur(ペルシャダマジカ)及び④サイタルal-Thaytal(ヌビア・アイベックスの類)とを採り上げた。
そしてようやく第三回目で本題であるオリックスを扱えることになる。
幸いプロ野球の球団名に用いられ始めて広く知られるようになったが、未だオリックスと聞いて,それがどんな動物かの実態イメージが容易には浮かばず、知名度が上がったとは思われない。
オリックスはアラブ世界では古くから「野牛」al-Baqar al-Wahsiiとの名称で知られていた。生物分類でもウシ科に属している。アラブ世界では牛のように大型獣で、大きな角も二本伸びているので、牛の仲間と思われていたのであろう。ましては人間の眼にはあまり触れられない人里離れた平原、砂漠、丘陵、山岳地帯に生息していたので、遠目から見ると、大きな図体と角の直立した姿は牛の一種、と思われていたと思われる。
オリックス2種
アフリカオリックス(Oryx gazella)とアラビアオリックス (Oryx leucoryx)。前者の方がより大型であり、後者の体毛色は白く、その特徴はまっすぐな角と共にアラブの語り草となっている。渇水に対しては野生種の中では最も強い。
両図ともバハレーン政府発行Mahmiyyah al-“Ariin「アリーン自然保護区」n.d.より。左はp.10、右はそのおもて表紙。
アラビアオリックス (Oryx leucoryx)と
アフリカオリックス(Oryx gazella)
オリックスはウシ科オリックス属に分類される偶蹄類。大きく分けて2亜種がある。アフリカオリックス(Oryx gazella)とアラビアオリックス (Oryx leucoryx)とである。
アフリカオリックスは、サハラ以南から南アフリカにわたって生息している。別名ゲムズボック、ケープオリックスといわれる。
もう一種Oryx beisa ベイサオリックス も存在するが、このアフリカオリックス、ゲムズボックの亜種とされる。
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一方アラビアオリックス (Oryx leucoryx) は、サハラ砂漠の北側、アラビア半島、東部ペルシャにかけて生息していた。近代になって角目当てなどで狩られ、さらに交通網の発達によって人跡未踏の地にまで自動車道が通され、張り巡らされ、銃と車によって野生種は一時絶滅の危機に瀕した。
しかしアラビア半島の王国や首長、富豪たちが、元来動物好きであったから、私設の動物園を持つ者も多くあり、何頭づつかは飼育を続けていた。そして絶滅危惧種と聞き及ぶに至って、保護育成に率先協力し合った。
欧米や旧宗主国などの保護団体や、湾岸諸国がアラビアオリックス の再生化・再増殖化運動に取り組み、散在して生き残ったものや、各動物園や個人で飼育している人などから提供されて、その運動が実を結んで絶滅の危惧からは救われた。アラブ諸国の国家的規模での保護育成によって種の保存可能数まで回復してきた。
アラビアオリックス (Oryx leucoryx)とアフリカオリックス(Oryx gazella)との形態的違いは、後者が体長90-193cm、尾長41-47cm、肩高110-130cm、体重130-203kg、角長93-96cmに対して。
アラビアオリックスの方は体長160 – 178㎝、尾長30-40、肩高76 - 86cm、体重65 – 75kg、角長50-75cm、と小型である。
体毛色の全く異なり、アフリカオリックスが動物に多い褐色系統であるのに対して、アラビアオリックスの方は綺麗な白色となって「砂漠の真珠」とも称されている。
角は両者ともに、まっすぐ伸び先端に少し曲がりが見えるだけであり、その長いまっすぐな角は一角獣Unicornを想起させる。角は武器ともなり、捕食動物に対して、槍の役目をなし、自らも、またハーレムの母子を守る。その槍としての研鑽は、常日頃の雄同士の角突きあいから習得される。繁殖期になれば、狂暴さを増し、己の生死をも賭するほどすさまじい。
真っ直ぐな角は同時に、人間の武器として、槍の穂先にも用いられていた。
中世アラブの文人ジャーヒズは『動物の書』の中で、「その角の鋭さは武器となり、猛獣類の鉤爪、牙に相当しよう」とのべている。(Jah.Ⅶ132)
体毛色をもう少し部位を含めて見ていこう。アフリカオリックスが全体的に薄い褐色であり、顔面には鼻面から口の上の吻端にかけてと、眼の下部から細く黒い筋斑が入り、下部で繋がる。そしてこの黒斑は腹面に帯状に連続して行き、頸部から左右脇の腹面、さらに後肢上部に至るまで見られる。頭部の額から顔上面は白く、また胸部から腹部、四肢の毛衣は白い。四肢の下部前面に黒い斑紋が入る。尾の毛衣は黒い。
これに対してアラビアオリックスの方は、体表は全身の毛衣の多くが白い。この毛色の違いで両者の違いは明らかである。より暑熱地帯に住むので進化適応した結果であろう。これにより長い白毛を倒し横に寝かせて太陽光線を反射し、熱を吸収しづらくしていると考えられている。しかしその白い体毛の下の皮膚の色は暗褐色をしており、寒い冬の時期、白い毛を立て、中の黒い皮膚に日射が直接当たるようにして体温調整を図る。
顔に黒褐色の斑紋が入るがより小さい。額と鼻面の褐色斑は繋がらず、眼窩線は縦に連なり、眼の上から喉の黒斑に繋がる。
背上の正中線は腰から頸部の方に逆毛で生えている。
頸部から細い帯状の黒褐色の筋線が下がり、体側面に下腹部まで連なる。蹄上部を除く四肢は濃褐色であり、冬季になると黒さを増し寒い時に熱を吸収しやすくなると考えられている。
また体温の調整ができ、暑いときは体温を上げ、寒いときは下げて、汗を出さない工夫も見られる。排尿も僅か日に3度くらいしかしない。
角に関しては、雌雄ともにあり、直線的で先端が外側へ向かう。アフリカオリックスの角長は93-96cm、耳介は幅広く、先端が丸みを帯びる。
アラビアオリックスの方では、耳介の幅は狭く長め。角はより直線的で、先端がわずかに後方へ湾曲する。角は毎年丸い輪の瘤を作り上に伸びってゆく。最大角長75cmにも達する。他の羚羊類と比しても、硬さ、頑強さが際立つ。それは角の成分が、多くの羚羊類は中が中空となっているのに、オリックスのは中が詰まっているから、重く硬い。この長く硬い槍で、捕食動物から、自己や母子、グループを守る。
生態は、アフリカオリックスの方は半砂漠、草原、サバンナに生息する。オスを中心とした10-50匹からなる群れを形成して生活する。移動距離も長く、採食の必要性、日中の木陰砂丘や岩場などの日陰探しなどに費やされる。ほぼ午前10時過ぎから休息に入り、午後3―4時頃から採食活動に入る。
老齢化したオスは群れを離れ単独で生活することもある。
食性は植物食で、草本類や木の根等を食べる。また多肉植物から水分補給も兼ねて行う。
繁殖形態は胎生であり、またその妊娠期間は260-300日。
アラビアオリックスの方は、砂漠、半砂漠、ステップなど砂漠奥地にも、また以前は石が多い砂漠にも生息域を広げていた。移動距離はさらに長く、採食は主にワジ(砂漠の涸れ川)の川床や土手、砂丘の底などに求め、太陽の熱射を避けるため、陽が高く頃には、木陰を求めて砂丘や岩場などの日陰探しなどに費やされる。ほぼ午前10時過ぎから休息に入り、午後3―4時頃から再び採食活動に入る。
オスは単独で生活するか、若い個体のみで群れを形成する。メスは8 - 10頭からなる小規模な群れを形成して生活する。
水分補給も兼ねて多肉植物を食べるが、サボテンやアロエや低木の若芽、地下茎、根、果実なども食べる。もっとも苦いアロエであるサウラウSawla“ をも食材とするところから「アロエの父」との名称も持つほど。
晩春から夏季にかけて繁殖期となる。雄の荒い性質がおもてに顕われ、順位をめぐってボスとなろうとする雄同士が角を突き合わせ闘争(スパーリング)する。交尾をしに近づいた雄に対しては、孕んだ雌は遠ざかる。交尾相手が見つからない場合、蛙のように、他の雄に飛び付いたりマウンティングしたりして発散させる。射精された方の雄はその匂いが強烈なため、他の雄から攻撃されることも多い。
繁殖様式は胎生。春季から夏季になると1頭のオスと十数頭のメスからなる群れを形成し、時に100頭にもなる大規模な群れを形成する事もある。
妊娠期間は約240-60日。主に10月から翌5月に、1回に1頭の幼獣を産む。授乳期間は約4か月半。生後2 - 2年半で性成熟する。
幼獣は全身の毛衣が下図で見るように、白色ではなく淡黄褐色で暗色斑が入らない。これは砂漠の中にあっては保護色となっており、狼やハイエナ、アラビア豹などの捕食者などから気付かれないように適応したもの。
オリックス・マハーの幼獣ジャウザルjawdhar
オリックス・マハーの幼獣「幼獣」ジャウザルjawdhar、生まれると早い時期に角が生え始める。生後6か月で15㎝、一年で30㎝、2年で太さを増し40㎝となる。体表も次第に褐色から、成獣に近い白色に変化する。幼獣の姿は牛の体形と似ている。
左図はバハレーン政府発行Mahmiyyah al-“Ariin.10、右図はC.Gross著Mammals of the Southern Gulf,Dubai(UAE)p.17
アラブ世界のアラビアオリックス (Oryx leucoryx)、
マハー あl-Mahaaの民族誌
世界では想像的動物、一角獣・ユニコーンの発想の元と考えられているアラビアオリックス。
アラブ世界ではアラビアオリックスは野牛・野生牛Baqar al-Wahshii と称されている。他にも幾つかの名が知られているが、しばらくは野牛・野生牛Baqar al-Wahshii をオリックスとして述べてゆく。野生ながらラクダ以上に渇水に強く、水が遇ったら飲みためて置き、汗を少なくして、また排尿も一日3回ぐらいで済ませ、水の体内循環を増やしてやり過ごす。砂漠適応動物の、アラビア狼、アラビア狐、ジャッカル、ガゼルなどそうした属性を共有しているが、オリックほどではない。恐らく家畜化されたラクダではなく、野生のままのラクダならばオリックスに負けないぐらいの渇水適応力を進化させたのかもしれない。
1 アラビアオリックス の名称、別称、尊称(kunyah)
1-1 アラビアオリックスの名称
アラビアオリックス (Oryx leucoryx)は、今まで述べてきたように野生牛Baqar al-Wahshii
として、またその中の1種として呼ばれてきた。9世紀の頃、『動物の書』を記したジャーヒズの頃はまだマハーal-Mahaaの用語は定着せず、mahaaの項目もなく、オリックスは「牛」Baqar の項目で扱われ、オリックスを表示する時はBaqar al-Wahshii(野生牛)として連接語を用いて、牛の仲間として扱われている。
その後の14世紀『動物誌』を著したダミーリ―(1344-1405)の頃にはすっかり定着しており、オリックスをマハーal-Mahaa として記述している。
マハーmahaaの語は、最初からオリックスの意味があったわけではない。そもそものマハー mahaaの意味は「白いもの」であり、[真珠、水晶、輝石]、それに[利点、長所]などを意味していた。「彼にはマハーが一つもない」laysa fii-hi mahaa-huという言い回しもあるくらいである。「白い高価なもの、白い宝石・輝石、銀貨、さらには利点、長所が無い」ことを言っている。
その白いものが動物の「オリックス」をも意味するようになった。野生動物では珍しい、小のような肌色の<白さ>と、この動物に付随する高貴性との意味合いから、連想されて付加された名称であるようだ。
高貴性を含んだ「白い動物」、その体表のほとんどが白色であること。この白さは恐らく進化適応したもので、もともとはアフリカオリックス同様な褐色系の葉が色であったろう。昼間の熱暑となる太陽光線を跳ね返し、遮断する効果を持ち、ガゼルのように他の多くの動物も有彩色であっても淡い色となっているのはそのためである。
オリックスの語マハーmahaaは集合名詞であり、単数の場合、単数形表示語尾/-ah/を付してマハートmahaatとされる。また複数を明示したい場合は三種あり、①マハーワートmahaaawaat、②マハーヤートmahaayaat、③マハンmahanがそれらである。①,②は女性規則複数形であり、これらは同時に複数形の内、少数複数paucityを表し、③が多数複数形の形となる。
なおオリックスの成長段階別名称として「幼獣」の意味のジャウザルjawdharの語を持つ。この後は「根、元、角」を意味するjadhrから派生して、「大角を持つ物の元」として「オリックスの幼獣」の意味を担うに至った。基本的には「オリックスの幼獣」であるが、広く 野牛・野生牛バカル・ワフシーBaqar al-Wahshiiの幼獣として、今まで述べてきた 他の3種の「幼獣」としても適応されている。
この後の派生語に「幼獣を持つ、連れる、伴うオリックス」のいみでムジュジルmujdhirなる言い方もある。オリックスの行動習性として、移動や散開の動きをとる時、ハーレムとして、雌たちが先導して、幼獣たちが、母に寄り添うように続き、しんがりを見張るようにボスや雄たちが後方にいて見守る。こんな光景がムジュジルmujdhirの語を生んだのであろう。
2 オリックスの別称・クンヤ(尊称)
オリックスには代表語マハーの他に、別称3種とクンヤ(尊称)2種がある。
2-1 別称3種について
①マーリヤ、②ナウジャ、③ナイジャ・ラムルが別称である。
①マーリヤMaariyah、
「乳、乳液」を原義とするマルユmaryから由来し、「乳色、白色したもの」の意味から、その特色である「白肌をしたもの」として「オリックス」の意味に転用されたものであろう。
「白カモシカ」などをも意味する。なおイスラム教でも預言者の一人とされるキリスト、その母である「聖母マリヤ」はアラビア語ではマルヤムMaryam、またはこのマーリヤMaariyahと称されている。
②ナウジャNa”jah
同じ<白さが目立つ>発想から「美白、明白、純白なもの」の意味で、ナウジャna”jah、複数はニアージュni”aajとも呼ばれた。同語根から他の派生形で、「白肌でハンサムな男」はナーイジュnaa“ijとまた「美しい白肌の美女」はナーイジャnaa”ijahと言われる。
③また②に後接語を付し複合語にして「砂の白き者、砂漠の純白者」の意味でナウジャ・ラムルna”jah al-ramlとも称された。砂漠の褐色の濃淡のあるなかで、オリックスの白色は目立ちもし、またある種驚異でもあった。 (Jah.Ⅱ182)
3 綽名、クンヤ(尊称):2種
オリックスにはアラブ独特の呼称クンヤ(尊称)をも持ち合わせている。2種あり①アブー・ヒラーブAbuu Hiraab「角突き合うものの父」、と②アブー・サウラウAbuu Sawla“「アロエの父」とである。
① アブー・ヒラーブAbuu Hiraab:「角突き合うものの父」、ヒラーブhiraabは「互いに戦う、競う」の意味の動詞haarabaの動名詞。捕食動物への対応、また交尾期になると、雄同士のぶつかり合い、長い角での突き合いが見られる。大型動物であるし、また長い角であるので、他のものより一層目立つので、この綽名が付いたのであろう。「戦争、戦闘」の語ハルブharbがこの語根を形成している。なお後述する角で城塞を突き崩した逸話「神命により多くのオリックス、その角で城壁を破壊」を参照。
②アブー・サウラウAbuu・Sawla“「アロエの父」。アロエは果肉植物で、暑さにも強く、砂漠地帯にも多く繁殖している。環境条件に様々な形態で進化適応しているが、アロエ自体苦いのであるが、このサウラウ Sawla“ という種は最も苦く、他の動物は食べることを忌避しているが、オリックス・マハーだけは採食しているとのこと。それ故「サウラウの父」Abuu・Sawla“ との異名を持つことになった。後述する民間医療でもオリックスの部位は様々な薬効として用いられているが、その一部はアロエを体内に取り込んでいることから生まれたものであろう。
以下は次のブログで。