湊かなえさんの「告白」 を読みました。
「狂気」であり、そして「凶器」にもなりうる「エゴイスティックな母性」が、こちらが降参したいほど、迫ってくる小説でした。
「母親」である自分が読むから、余計に感じるのでしょうかね・・・。
以下、ネタバレしてます。読みたくない人は注意!
女性中学校教師の告白(というか、学年末終業式の日、担任するクラス全員に退職の挨拶)という形で、物語の第1章はスタートします。
丁寧で冷静な女性教師の語りが、徐々に恐ろしさを帯びてきます。・・・
章が変わるごとに、告白者が変わります。
それによって、各登場人物の心理が、それぞれ説得力をもって伝わってくるので、事件をいろいろな角度から捉えることが出来ます。
伏線の張り方や、構成がすごいなあと思います。
全編通して、「母親」が3人登場してきます。どの母親も、自分の子供を愛しています。自分なりに。
一人は、この女性教師。幼い娘を殺されてしまいます。娘を殺した犯人がわかった女性教師は・・・・・
一人は、溺愛した息子(少年B)が、殺人を犯したことを知ります。そして・・・・・
もう一人は、愛していたはずの息子(少年A)を虐待のあげく捨て、仕事を選びます。その果てに・・・・・・・
重いテーマなのに、ページをめくる手が止まらず、一気に読んでしまいました。
作者は、母親なんだろうか?
読後、すぐに浮かんだ思いはそれでした。
3人とも常識的に客観的にみたら、それぞれ「愚か」です。「愚かさ」の質は違うけれども。
でも、心情的に、どこかで「わかる」ような気がしてしまうのです。それが自分で怖かったりします。
「母性」は、諸刃の剣なのかもしれません。
慈愛に満ちた暖かい太陽のようなものでもあり、一方では、恐ろしい凶器ともなりうるもの。
背中合わせなのでしょう。
どちらにしても、計り知れない大きなエネルギーです。
さて、この本、中学生の娘も読んだのです。重いテーマで、どんな感想を持ったのかなと思い、
「どうだった?」と聞いてみました。
「・・・・・いやー、もう牛乳は飲めないかも」
と、いたって、現代中学生風の感想が・・・・・・。
何で?と思った方は、ぜひ読んでみてください。