狭山丘陵のクヌギ林の柔らかい土の中で、仲間とぬくぬくと暮らしていたら、業者に捕まった。

 

ホームセンターでゴールデンウィークには398円で売られていたが、5月半ばには91円に値下げされた。

誰も儲からねえ値段で売るなら帰してくれよ。

 

一人用のマンゴープリンか杏仁豆腐を入れるような丸いプラカップに、5センチくらいの深さのマットと共に詰め込まれた。

狭い。息苦しい。俺は他の弟妹たちより成長が早く、そろそろ蛹化しそうだったが、マットの深さが全然足りなかった。

苦しくて、マットの上に出てジタバタしていたら、オバはんに買われた。

5月22日だったと記憶している。

 

「狭かったね。虐待だよね。元々はクワミンのマットだけど、去年のカブ姫も大丈夫だったから、これでイケると思う」

オバはんはプラケースにたっぷりとクワガタ用マットを入れてくれた。

「ありがとよ」俺はすぐ新しいマットに潜った。

もう少し体を大きくしたかったから、何日か必死でマットを食って糞をして、そして一カ月、眠った。

 

昨日、塾から帰って来た娘が、羽化した俺に気づいた。

俺は娘によじ登った。何かに捕まりたいと主張したら、止まり木をもらえた。

「名前をつけてあげて」オバはんが娘に言った。 

「…カブオ」

 

俺はカブオになった。

100均でとりあえず買っておいたらしい黒蜜ゼリーに顔を突っ込んで、眠った。

 

今朝、少し大きい家をもらった。

これなら羽ばたきの練習も出来る。一人では広すぎるくらいだ。

去年は、神社のコンクリートの上でジタバタしていた「カブ姫」という女子がしばらく滞在していたらしいが、飛べるようになって、また神社の杜に帰って行ったそうだ。

…今年も可愛い女子、来ねーかな。

 

オバはんは俺のことを、実はカブト界の王子で、助けてもらったお礼に娘の偏差値を上げたり志望校に受からせたりする力がある、と思っているようだ。

先日の大雨の際も、道路の真ん中でボーっとしているヒキガエルを素手で安全な場所に移動させ「よろしくお願いします」と拝んでいた。あれもただの凡庸なヒキガエルであり、神ではない。

 

だいたい俺は娘の受験まで生きていないし。

 

でもそうだな、神社の子とか霊力ありそうだから、今年も神社で女子をゲットしてくれたら、その子が俺の卵産んで、2令幼虫くらいで娘の受験を見守ってやることは出来るかもしれない。

 

この夏の新しい仲間、カブオをよろしく。