・きっかけ?
「日本に残っている、昭和までの木版画作品は年々様々な災害(火災や洪水、地震といった風水害)による消失・和紙素材の経年劣化による汚損や、昨今のインバウンド・円安基調の影響で海外に持ち出されている為、年々絶対数が減り続けています。にも関わらず過去に頒布された木版画作品は現所有者の書庫や倉で“大切に保管している”という名目で仕舞われ続け、多くは経年劣化を引き起こして鑑賞に耐えない状態のまま放置され続けています」
「有名な広重の東海道五三次といった連作は、始発と終点を含めて計55部、一枚あたりおよそ1万円前後で頒布されていました。予約購入割引があったとしても相応の額面のする作品になりますが、多くの場合購入される方は身内の了承を得ずに購入してはひっそりと自室で眺めて自己満足を得る、そのような所有欲を満たす材料でしかない扱いとなっておりました」
「当然ご家族がその重要性を知らない版画作品が、相続の際倉や書庫から出てきて、シミだらけの版画を資源ゴミとして処理してしまったりしているのが実情です。本来鑑賞して楽しむ為にご先祖様が手間を掛け版画として遺した作品を、まったく外にも出さぬまま劣化させ廃棄する、それが当たり前になっている習慣体質に、日本の版画作品・民芸和紙絶滅の危機感を覚え、少しでも日常的に飾って楽しめる作品として、現代生活にフィットした形にリファインさせたいという思いが原動力です」
「作品を制作するに当たり最も考慮した点が、“再生可能な紙資源の有効活用”で、現況は過去に制作された様々な和紙作品が、経年によって劣化し廃棄される状態になるまでただ仕舞われて続けていた、いわば“資源の生殺し”状態にある事を、誰も疑問にせず見て見ぬふりを決め込みただ未来に厄介事として押しつけている現状に心を痛め、せめてもう一度人の心に残る・日常に溶け込み愛される形に生まれ変わらせたいという思いがかねてより強くありました」
「“有終の美術”、いうなればそのような趣を含んでおり、無残にシミ破綻が出て寿命を迎える前に、少しでも多くの人に愛されて、天寿を遂げさせたい、その最期の機会を創出する、そのような使命感も帯びています。同時に、“現存する日本古来の和紙資源の再利用・再活用”という、SDGsへの取り組みを視野に入れた、未来に向けた持続的な社会活動も目指しております」
・フォトフレームサイズにした理由?
「多くの木版画作品は元々日本家屋で鑑賞されるような画寸をしており、掛け軸や襖・天袋画・屏風といった、場所と空間を要する形でしか楽しめる余地がなく、現代的な額装にしても一旦壁に飾り付ければその場所を長く占有する事になります」
「利便性や整備性を追求したモダンな西洋型建築が増え、和室自体を構える住宅も見られなくなった昨今、単なる額装で部屋のコーディネートを長く固定化させる事無く“移動しやすい・飾りやすいサイズ感”に木版画をリサイズする必要を感じ、立てかけて鑑賞して、必要に応じて部屋を往来し、戸外にも持ち出せて、供に旅をすることも出来、不要な時は仕舞っておけるサイズ感を追求した最適な結果と言えます」
・フレームを二つにした意味?
「木版画作品は制作された時点で独立した作品ではありますが、フレームサイズに分割して切り取る事を前提とした場合、作者の完成された作品であると同時に、モチーフとして場面ごとに切り取る事で違ったシナリオを発生させ、作品をリファインさせるプロセスで新たな見方やドラマ性を生み出しやすい面白さを同時に秘めている事に気付き、様々なサイズや切り取る余地のズレを修正し、分割したときの違和感を排除して、且つ単独でも楽しめるように見せ方を工夫した結果、二つのフレームをつなぎ合わせて一つの作品としての繋がりを持たせた結果と言えます」
「一つの作品をそれぞれのフレームに分割しただけでは、窓枠で切り取られた風景をただ眺めているだけのような場当たり感がありますが、サイドのフレームに同一の絵柄・文様を組み合わせ、より二つのフレームが強く結びつき、中のモチーフに強い一体感をも演出する目的で趣向を凝らしたフレーム(命名:絆フレーム)が、フレームを二つにした意味と、新たな作品として既存のモチーフを際立たせる要素となっています」
・使用されているモチーフや、フレームの部材はどのようなものか
「モチーフは大凡江戸~昭和までの木版画・石版リトグラフ・肉筆、サイドのフレームは木版・手染め型押し・シルクスクリーンの千代紙や古来の民芸和紙、フレーム上部には縮絨しわ加工の入ったちりめん和紙、場合によってはそのままモチーフを切り分けた木版画をフレームに使用する事もあります。僅少ではありますが、現代和紙工芸作家さんの作品を活用することもあります」
「作風カテゴリとしてはコラージュリメイク、元々誰の目にも触れられないままひっそりと書庫や倉で朽ちていくだけだった部材に最期の花道を用意する目的で作品にリファインしているので、パソコンから画像を取り込んでプリントアウトした機械印刷や現用のアートプリントの類いは一切使いません」
「フォトフレームは最も制作に適した大きさとサイズ感・サイドフレームの立体感と存在感を追求した結果現用の汎用フレームを使用しています。フレームの素材はリサイクル性の観点からMDF合板が用いられています」
・作品の耐用年数等
「美術作品である以上、制作した時点で耐久性や実用性と言った、いわゆる“工業製品”のような法的根拠のある基準には当てはまりませんし、商品として流通する類いの物ではなくあくまで美術品として“頒布”する事を目的としているので、多種多様且つ様々な時代背景を持つ部材を作品としている性質上、一定した使用環境下での耐用年数の割り出しは意味をなしません。同じ民芸和紙でも作成された年代や使用されている楮麻繊維の強度や漉くタイミングによって風合いは全く異なってきますので」
「制作にはホルムアルデヒド・フタル系可塑剤を使用していない水性ボンドを使用、当時の木版画は樹脂や化学合成剤による顔料や岩絵の具の定着剤を使用していないため、こすると色落ちしやすく、和紙の特性上汚れも吸い込みやすく、経年によって様々な和紙の剥がれ等の変化も起きますが、この退化現象自体今も部材が“生きて呼吸をしている”証拠でもあり、車や家屋同様にお手入れをして付き合って頂く美術品でもあります」
「通常の絵画作品と違ってフレーム自体も全て美術品の一部であるため、取り扱いには慎重を要しますが、ご家族と供に同じ年数歩んでいく過程で生じる傷や瑕疵も、作品を愉しむ上で重要な想い出の一部となると思います。民芸和紙をボンドで貼り合わせている都合上、湿度や温度によってはがれが生じる事もありますので、障子を貼り合わせるようにメンテナンスして頂ければ、より永く付き合えるかと」
「そしていつか、中のモチーフにあきてしまった、そんな時が来るかも知れません。その時は躊躇わずに中のモチーフを取り外して頂き、お手持ちのお写真やご家族の描いた絵を飾ってみて下さい。夫と妻・ご夫婦とご子息・家族とペット・・・ペアとなるようにモチーフを取り替えてみる事で“絆フレーム”と命名した真の意味がご理解頂けると確信しております」
・作品のおおまかなカテゴリ
「風景画・人物画・習画・略画・古裂更紗・有職故実・草花・源氏画をシリーズ物として制作しております。いずれも彩色木版ですが、水墨画タッチの習画や当時のスケッチのような略画といった、一般的な浮世絵や錦絵とは趣の違うモチーフも使います」
「切り取った時の形をあらかじめ想像しながら、フレームに収めてみて違った解釈が楽しめるモチーフであれば積極的に活用しておりますので、全く異なるモチーフ同士をフレームとして組み合わせる事で新たなストーリーを付与させる物もあります」
・作品のコンセプト
「日本の事を知らない、遠くの国で開催されるエキスポの、小さな日本パビリオン内の展示スペースで、日本の民芸和紙文化を広く知ってもらうために、小さいながらも多くの歴史的部材をパッケージ化した作品を生み出す、という架空のシナリオがコンセプトです」
「観てもらう人が和やかで穏やかな時間を過ごせるような、癒やしを基調とした配色バランスを考慮して作品に反映させております。古来の日本美術、特に浮世絵や錦絵は、一見して絵的にコミカルでおどけているように見えていても、うちに潜む鋭利さやグロテスクな陰影は見え隠れしてしまうので、なるべく表立たないよう配慮しています」
・作品のモチーフとフレームの関係性
「基本的に切り取られたモチーフを景色・テキスタイルに見立て、サイドのフレームにディテールや彩色を乗せて両者が相乗的に高めていく、という感性的な完成形をイメージしながら組み立てを行っておりますので、モチーフやフレームの歴史的・時代的な整合性への拘りは、作品が内包する自由度や、観ている方の発想力を阻害してしまう可能性もあるので意識はしていません。同時に、作品の見方を固定して柔軟性をなくすようなタイトル自体も付けていません」
「私はこう見える・僕はこう見える、といった個々人の捉え方の相違と、意見を交換して理解を深めていく事こそが、豊かな発想力を刺激する要素でもあると思います。時には作品を目にした方が、私と全く異なる見方・発想を提示してきて驚かされる事すらあります」
「敢えて二つに分けてどちらにも符合するフレームの柄を用いているのも、飾り方や置き方を工夫して頂く事で、ライフスタイルに合った形で作品を置き換えて楽しめる面白さと、作品が持つ豊かな表現力をより多角的に感じてもらいたいという願いを具現化している所以でもあります」
・同じ作品は存在するのか
「モチーフやサイドの部材は素材として持ち合わせがある限り“顔料”と同じ感覚で使用しますが、その時に見えている景色によって裁断する箇所が違う上に組み合わせも違いますので同じ作品は、逆に言うと“制作する事が不可能”従いまして全ての作品は完全に“世界でただ一つの”固有性を内包していると言えます」
・過去に存在した作品やテキスタイルを用いて創作する真意
「現在の芸術、ひいては創作全般に言える事ですが、生成型AIが創造の源泉に深く関わる事例が多く存在しています。過去の絵画作品や版画作品をテキストとして吸収したAIによって人間が脳を使う事無く、考える事無く、悩む事無くただ簡単な単語を入力するだけで、演算された絵画や文章まで綺麗に作ってくれます。人間が関わるのは仕上げの段階で校正・手直しするだけ」
「簡単な単語を入力するだけで“浮世絵風”の作品や、“ジ〇リ風”“ディ〇ニー風”の作品をAIが作ってくれる、といったプログラムが、今や当たり前の機能として人々の暮らしに入り込み始めています」
「また昨今、資源圧縮やデジタルアーカイブ化、経費節減の流れから学術機関や図書館が所蔵する版画作品の悉くはパソコンにスキャンされデータ化され、元の版画古書類は払い下げられ、AI学習や海外コレクター収集向けに流出しているのが現状で、益々実際の、和紙の表面に顔料の印影を残す版画作品に触れる機会が消滅しつつあります」
「AIに過去の作品を取り込ませ、消去法で“似た要素のない”ものを吐き出してもらって、誰にも批判されない・怒られない、努力せずともAIがその肩代わりしてくれる、そんな時代の空気感が“当たり前”になった時、そんな時代に育まれた子供達は、一体何を学ぶのでしょう」
「考えもせず努力もせず苦悩もせず、便利にAIを使って生活する事が当たり前になる、それで楽して金儲けできる、その仕組みを大人達が嬉々として子供に植え付ける。そんな未来がもう明日の出来事になろうとしてます」
「AIはもとよりコンピュータも、産業に機械も導入されず、全てが人の手間によって生み出された作品にはこんなにも活き活きとした多様で素晴らしい色彩と質感にあふれている、それを日常生活で楽しめる形として、明日の、未来の子供達にも見せてあげたい」
「ただAIに吸収されては見捨てられるだけになった、ご先祖様の残してくれたそれらの素晴らしい作品をリファインして現代のライフスタイルに寄り添う形で蘇らせたいという思いこそが、創作を始めようとした真意でもあり、流れを止める事の出来なくなったAIの常態化に対する一石となれれば幸甚であるという思いでもあります」
「いつかは私自身も過去となり土に還る。そしていつの日か、遠い遠い巡りを経て、いつかまた戻ってくるご先祖様や自分自身がいるのなら、このフレームを目にする機会に恵まれ“初めて見るけど、なんだか懐かしくて素敵”そんな思いを巡らせる日が来るように」
「そしてそんな日が、作品を愛してくれる日が、いつまでも平穏で安らかに過ごせる明日であるよう、明日に活きる人たちが情緒や感受性豊かな日々を過ごせていけますよう。そんな願いを込め、作品を遺し続けております」
ありがとうございました




