おかぁちゃんの介護が始まって2年が経った2015年の暮れ

 

和室に設置していたおばぁちゃん、おじいちゃん、おとうちゃんの

 

位牌をリビングに作った祭壇に並べようとしていた時の事

 

今は4人分並んでいる写真だが、実際一番左のおかぁちゃんが

 

まだ元気だった時は、右3つが和室の仏壇に並べられていた

 

右から順番に、位牌の小ささから「おばぁちゃん・おとうちゃん

 

・おじぃちゃん」の順で仏壇に収められていた

 

 

仏壇から祭壇へ移設時に、改めて「土に還った順」に並べ直した時

 

それまで一切認識しなかった「驚愕すべき」事実が襲い掛かってきた

 

 

それぞれが土に還った日は諳んじているレベルだったのもかかわらず

 

改めて没年を見通した時に、羅列された数字に言葉を失った

 

 

おばぁちゃん 平成7年

 

おじぃちゃん 平成14年

 

おとうちゃん 平成21年

 

 

ええと、今年は・・・

 

平成27年・・・暮れ・・・

 

って事は・・・

 

7年周期・・・なんだそれは・・・どういう事だ・・・?

 

 

ふと、ルドルフシュタイナーの「7年周期説」という文字が脳裏をよぎる

 

なんで今まで一切関知していなかったのか!?なんで今になってそれに

 

気付いたのか!?初冬を迎えた時節に滝のような汗が噴き出る

 

とんでもない勢いで思考が演算を繰り返し、小動物のように鼓動が

 

早鐘を打ち続け、手足が氷のように冷えていく

 

 

数年来湧いた事のない凄まじい怒りと焦り、絶望と虚無が同時に起こり

 

「ふざけるなよ・・・」と口から吐き出された

 

 

なんやかんやあったけど、真摯に向き合って過ごしてきたつもりだった

 

おかぁちゃんと一緒に3人を無事土に還した。それをなんだこのバカげた

 

数字の区切りは。そして何で今まで自分が気付けなかったのか

 

 

もしそれを運命だとか天意だとか呼ぶなら、無為に奪われるだけの自分を

 

ただ慰めるだけの方便でしかない。くっそ笑えるなおい

 

 

大局的にはただの自然の摂理だろうが、前世からのカルマだろうが

 

僕という器を通した目の前の世界の様相は、僕から、時間を、家族を

 

ただただ徒に奪い続けるだけの無慈悲な悪夢の日常を、何十年もの間

 

絶えず押し付けられているだけ

 

それを自分の認識で好意的に解釈し続け、必死に自分自身を褒め続け

 

悪口雑言を垂れ流し続ける表層の意識を理屈でねじ伏せ、正気を

 

辛うじて保とうとしているに過ぎない

 

 

もはや無意味と分かっていても、ただひたすらに自分を責めた

 

責めなければ、未来の自分が背負う後悔があまりにデカすぎると理解

 

していたから

 

 

そして、2016年、平成28年が明けちまった。僕にとっては、何一つ

 

めでたくない年明けだった

 

 

その年の記憶はほとんどない。ただ憶えてる事と言えば、暴力を振るわれ

 

目つぶしを喰らって3週間ほど眼圧が上がり過ぎ、結膜炎にもなって日常に

 

支障が出た事と、おかぁちゃんが食事の時に食べ物の乗った皿をテーブル

 

にぶちまけて獣のようにテーブルにかじりついている光景ぐらい

 

でもそんなのは、過ぎちまえばただの「想い出」にしか過ぎない事を

 

土に還した3人から学んでいる

 

 

そんな事よりも、毎日毎日、3人の位牌を前に

 

「たのむから連れて行かないでくれ」

 

と毎日祈り続けていた事、神社に参拝し菩提寺に通い神明社にお参りして

 

お墓を掃除しながら「あとすこし、もうすこしだけ待ってほしい」と

 

手を合わせ続けた事

 

おかぁちゃんが眠っている時も、ちゃんと呼吸をしているのか、ちゃんと

生きているのかを逐次確認し続け、まともに眠れた日が無かった事

 

それが印象に残っている

 

 

お陰様でおかぁちゃんが土に還ったのが令和4年、それから6年も一緒にいれた

 

もしあの時、仏壇から祭壇に位牌を移し替えなかったら、全員が7年周期で

 

土に還った事実を後になって思い知って、僕は今でも自分を責め続けていただろう

 

ぞれ以前に、耐えかねて自分を土に還す算段をしていたかも知れない

 

 

『全てを運命に掠め取られるぐらいなら、最期は自分を自身で奪ってやる』

 

 

とにかく、一番記憶の抜け落ちた年であったと共に、一番忘れられない

 

年として、2016年は、そういう年として、僕の想い出の一部となった