ダンス・ダンス・ダンス 村上春樹

冒頭から「いるかホテル」が登場する。
今作は「羊をめぐる冒険」までの世界に帰ってきたんだな、と思った。

デビュー作の「風の歌を聴け」から「羊をめぐる冒険」までの3作がとても好きだったので、
(好みとしてはその後の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」、「ノルウェイの森」よりもずっと)
嬉しかった。


「いるかホテル」はすっかり変わってしまった。

小さなホテルだったのに、大資本を投下した近代的なホテルになっていた。

主人公は変化の謎を追及する。

「羊男」が出てきたのは懐かしかった。
しかし、唐突すぎて本作から村上春樹作品を読んだ人は訳が分からないんじゃないかと思った。


読み進めて、本作は「羊をめぐる冒険」までのシリーズとは別物だと感じた。

当たり前と言えば当たり前だけど、「羊をめぐる冒険」までは、作者が新人ぽかった。

(と言っても、同じ新人でも最近読んでる芥川賞受賞作品のいくつかよりははるかにうまいけど)

若い人が書いてるって伝わってくる小説だった。


本作は円熟してるように感じる。
お酒が熟成されたみたいに、とてもなめらかな文章だった。

また、「世界の終わりと~」は読んでいてものすごい緊張感を感じたんだけど、本作はもう少しリラックスした柔らかい感じがした。

最後の方で、ユキが海岸で吐くシーンがある。

何気ない描写だけど、シンプルな短い文で必要なことが全部伝わってきてすごい。

さらっと読めるけど、きっとこうなるまでに何度も吟味して推敲して、手間をかけてるんだろうなと思う。


詩人のディック・ノースが詩について語るところが、「羊をめぐる冒険」と少し似てる気がした。

逆に言うとそれくらいで、似てるところは少なかった。


読み初めて、「ノルウェイの森」に続いて本作も喪失の物語だと感じた。

そしたら、途中から次々に人が死んでしまった。
ディック・ノース、五反田君、キキ、メイ。

主人公は色んなものを失うけど、最後はユミヨシさんを得て落ち着き先が見えて良かった。

ユキも何とかなりそうで、こちらも良かった。


「文化的雪かき」=レストランを紹介する、自分の仕事。

面白い言い方だな、と思っていたら、途中で“ゴージャスな女の子”メイが出てきて、私のやってるのは官能的雪かき、と言っていた。

これが書きたかったのか。
知らないけど。


「いるかホテル」のバーで映画の想像をする場面は面白かった。

でも、ジョディ・フォスターのクレオパトラって似合わない気がする。


そこで久し振りに「やれやれ」が出てきた。


「やれやれ」はその後も何度か出てくる。

いるかホテルで頼まれて連れて帰ったユキとの会話で、主人公は真面目なのか冗談なのかよく分からないトーンでサンドウィッチの話をし、ユキはやれやれ、と言う。

13歳の少女がやれやれって。

どこまでもこの人の小説はこういうノリなんだなと思った。

ここまで来ると、ファンに受けるから時々出すのか?と思う。
よく分からない。

「やれやれ」を喜ぶファン。
そんな人はいないか。


これまでと違って、あらすじは現実にありそうな、あってもおかしくなさそうな展開だった。

でも、どことなくシュールで、現実感がない。
その辺はいつもと変わらない。

何でこんな話なんだろう?と思うけど、ディテールは面白い。

傾向には拍車がかかってる気がする。
磨きがかかってる、と言うべきか。


牧村(ユキの父親。アメの元夫)の忠告がリアル。

(自分の)システムもいいが、突っ張ると怪我することが多い。


五反田君もユキも、周りにはいないけど人物はリアルな感じがした。

小説はこういうのが1番面白いのかもしれない。



ジューンの来訪を丁重に断るところ。

“~咳も出る(こほんこほん)”

という描写は、ほっこりというかほのぼのというか。

時々、ジョーク?なのかゆるい描写が入る。
著者の特徴だけど、この辺は好みが分かれると思う。


例えに出てくる固有名詞について。

“イザベル・アジャーニみたいな泉の精。”

“バスター・キートン的おかしみ。”

“ビヨン・ボルグが激しく打ち返してる。”

など。

特にセンスが良いとも悪いとも思わないけど、こういうのは好きな人は好きなんだろう。
うっとうしいと思う人は離れるだろうな。
(昔の小説なので、例えが古いのは仕方ない)


ディック・ノースの死について、箱根に向かうスバルの中でユキと語り合う所は良かった。

死者に対する姿勢。

主人公が偏狭すぎること。

時間が解決出来ないことを君が解決するんだ、って言葉。


キキの耳の話はシュール。

かなりテイストが変わって、リアル寄りになった気がするけど、シュールさはまだ健在だった。


終盤、五反田君の告白とその死以降は、リアルかシュールかと言うよりも、これこそ文学という感じがした。

普通の人には書けないもの。
書こうとすら考えないもの。

だと思う。


読み終わって、ふと
表現は柔らかいけど、とてもマッチョな男性視点の小説だと思った。

以前に読んだ時はあまり感じなかった。
時代が変わって、こちらの感じかたも変わったのかもしれない。


本書は再読だけど、内容は全く覚えていなかった。
「ノルウェイの森」と続けて2作読み、本作はあまり響かなかった覚えがある。
当時は「ノルウェイの森」の方が断然面白かった。

再読して、今度は「ノルウェイの森」がピンと来ず、逆に本作は素晴らしいと思った。

ここまで読んできた著者の長編6作の中でも1番か2番目になるくらい。傑作だと思う。

なぜ感想が逆転してしまったのかはよく分からない。
年齢で感じ方も変わるんだろう。