名無しの蝶は、まだ酔わない 戸山大学〈スイ研〉の謎と酔理 (単行本)/KADOKAWA/角川書店

¥1,620
Amazon.co.jp
なぜこんなにも時間を置いてから『名無しの蝶は、まだ酔わな
い』のセルフライナーノーツなのか?
そこにはいろんな理由があると言いたいところだけれど、
何の理由もなくて要するに出た当初は、ガタガタ書かなくても
黒猫シリーズの恋愛部分が好きだった読者なら受け止めてもら
える自信があったので、まあべつにあえて説明しなくても、と
いうのがあり、また一方で僕のなかではもっともミステリ色を
抑えたものでもあったので語るより感じてくれ、と、そんな感
じだった。
しかし、発売から五か月が経ち、そろそろ自身の記録として
まとまった文章を書いておかなくてはどういうつもりで書いた
のか忘れてしまうなあというのもあったので、今回書くことに
した。
はじめのうち、学生時代の話を書きたいということを
担当編集Iさんにお話した。彼女はKO大だったので、当時のSK戦
話などで盛り上がったりした後で、
「できれば酔っ払いの出てくる、あんまり謎があって解決みた
いなのがはっきりしていないような話にしたい」というようなこ
とをお話した。
イメージにあったのは、『トレイン・スポッティング』のミステ
リ版、日本版。
冒頭でブラーの音楽が突然使われるのは、そういうわけがある。
名もなき青春を駆け抜ける苦しさ、甘酸っぱさ。
高校時代や中学時代とはまた違う。
大学なんて何の義務でもない。親にわざわざ負担をかけて行かな
くてもやめたきゃやめればいい。そして、周囲は「さあ次はお前
ら就職な」という目に見えない圧力をかけてくる時期。
そういうトンネルのなかにいるような閉塞感と
酔いしれることで壁も天井もないと一瞬感じられる自由さ。
そういったものが大学時代には詰まっている気がしていて、
いまだから自分には書けるのではないかという気がしていた。
これは二十代なら絶対に書けなかった話だ。
①文体的な試みとしては、情緒面を豊かにすること。
②あと、かなり軽めの擬古典もどきにすること。
③読者は放置してでも、酔いの浮遊感を、作者がとにかく楽しむ
こと。
②に関して、たまに森見さんと比較される方がいるのだが、
それは森見さんに申し訳ない。森見さんの擬古典は僕の「ヘタウ
マ」とは違う。はっきりとした意識と自覚をもってやってらっしゃ
るのである。
対する僕の、というか語り手、蝶子の擬古典は、
言ってみれば文系女子学生の「なんちゃって」なノリに過ぎない。
だから「なんちゃって擬古典」。ついでに念のため言っておくと、
僕がこのなんちゃって擬古典を使いこなしたのはもう今から10年
以上昔のそれこそ学生時代の文芸雑誌時代からなので、誰かの本
を読んで真似てとかそういう話ではないんで、そこんところはま
あべつに僕が言わんでもという話だが、察してください。
そもそも、なぜこんな酔っ払いの話を書こうと思ったのかという
話だが、僕は大学時代、昼から酒を浴びるように飲むようなサー
クルに入っていたのです。いや、もともとはそんなつもりはなか
った。伝統あるミステリ研究会に所属して、読書に明け暮れ、と
思っていた。
ところが、まあいろいろあって結局ミス研には一か月しかいなく
て、あとはずーっと飲めや歌えやの酔いどれ青春に突入したわけ
です。
もちろん、そのかたわらで自分で文芸サークルを起こしたり、
並行していろんなサークルに顔出したりとかしてたんですが、
どれもこれも基本はお酒。そして人としゃべるってことに尽きた
のかな。
本はね、もうほとんど読めなかったです。
結局、学生時代の財産は人に尽きる。
読書は部屋で閉じこもっていればいくらでもできる。
だが、人と酔っぱらって、本音で腹の底からぶつかっていけるのは、
高校時代でもなければ、社会人になってからでもない、
本当にこの時期にしかできないことだと思う。
だから、まあ、そういった空気感だけでも伝えられればいいなと思
いながら書いた。
この小説は空気である。あの時代の空気であり
酔いの空気だ。
だからタイトルを決めるとき、手が止まった。
空気には、それこそ、名前などつけようがないからだ。
かなり悩んだ。
じつは10年前に、ある長編を書いており、それが当時の飲みサークル
を舞台にしたもので、タイトルが『名無しの条件』だった。
内容はまるで違う。酔っ払いサークルが、大学側と学園祭の裏で戦う
という話。名無しの蝶を書き上げた頃にはそんなことも忘れていたの
だけれど、いざタイトルを担当編集さんと考え始めたとき、
このタイトルのことが脳裏をよぎった。
そんな折、担当さんが「名無しの蝶は、まだ酔わない」というタイト
ルはどうですかと言ってきた。天啓とはこのこと。
彼女はたいへん優れたコピーライターだと思った。
かくして「名無しの蝶」の5話にわたる一年の旅が一冊にまとまった。
酔いのロジックが日本の四季折々の美しさと絡み合う青春歳時記。
今さらのように、ぜひ今宵、酔いしれていただきたい一冊と
言っておきたい。
以上

¥1,620
Amazon.co.jp
なぜこんなにも時間を置いてから『名無しの蝶は、まだ酔わな
い』のセルフライナーノーツなのか?
そこにはいろんな理由があると言いたいところだけれど、
何の理由もなくて要するに出た当初は、ガタガタ書かなくても
黒猫シリーズの恋愛部分が好きだった読者なら受け止めてもら
える自信があったので、まあべつにあえて説明しなくても、と
いうのがあり、また一方で僕のなかではもっともミステリ色を
抑えたものでもあったので語るより感じてくれ、と、そんな感
じだった。
しかし、発売から五か月が経ち、そろそろ自身の記録として
まとまった文章を書いておかなくてはどういうつもりで書いた
のか忘れてしまうなあというのもあったので、今回書くことに
した。
はじめのうち、学生時代の話を書きたいということを
担当編集Iさんにお話した。彼女はKO大だったので、当時のSK戦
話などで盛り上がったりした後で、
「できれば酔っ払いの出てくる、あんまり謎があって解決みた
いなのがはっきりしていないような話にしたい」というようなこ
とをお話した。
イメージにあったのは、『トレイン・スポッティング』のミステ
リ版、日本版。
冒頭でブラーの音楽が突然使われるのは、そういうわけがある。
名もなき青春を駆け抜ける苦しさ、甘酸っぱさ。
高校時代や中学時代とはまた違う。
大学なんて何の義務でもない。親にわざわざ負担をかけて行かな
くてもやめたきゃやめればいい。そして、周囲は「さあ次はお前
ら就職な」という目に見えない圧力をかけてくる時期。
そういうトンネルのなかにいるような閉塞感と
酔いしれることで壁も天井もないと一瞬感じられる自由さ。
そういったものが大学時代には詰まっている気がしていて、
いまだから自分には書けるのではないかという気がしていた。
これは二十代なら絶対に書けなかった話だ。
①文体的な試みとしては、情緒面を豊かにすること。
②あと、かなり軽めの擬古典もどきにすること。
③読者は放置してでも、酔いの浮遊感を、作者がとにかく楽しむ
こと。
②に関して、たまに森見さんと比較される方がいるのだが、
それは森見さんに申し訳ない。森見さんの擬古典は僕の「ヘタウ
マ」とは違う。はっきりとした意識と自覚をもってやってらっしゃ
るのである。
対する僕の、というか語り手、蝶子の擬古典は、
言ってみれば文系女子学生の「なんちゃって」なノリに過ぎない。
だから「なんちゃって擬古典」。ついでに念のため言っておくと、
僕がこのなんちゃって擬古典を使いこなしたのはもう今から10年
以上昔のそれこそ学生時代の文芸雑誌時代からなので、誰かの本
を読んで真似てとかそういう話ではないんで、そこんところはま
あべつに僕が言わんでもという話だが、察してください。
そもそも、なぜこんな酔っ払いの話を書こうと思ったのかという
話だが、僕は大学時代、昼から酒を浴びるように飲むようなサー
クルに入っていたのです。いや、もともとはそんなつもりはなか
った。伝統あるミステリ研究会に所属して、読書に明け暮れ、と
思っていた。
ところが、まあいろいろあって結局ミス研には一か月しかいなく
て、あとはずーっと飲めや歌えやの酔いどれ青春に突入したわけ
です。
もちろん、そのかたわらで自分で文芸サークルを起こしたり、
並行していろんなサークルに顔出したりとかしてたんですが、
どれもこれも基本はお酒。そして人としゃべるってことに尽きた
のかな。
本はね、もうほとんど読めなかったです。
結局、学生時代の財産は人に尽きる。
読書は部屋で閉じこもっていればいくらでもできる。
だが、人と酔っぱらって、本音で腹の底からぶつかっていけるのは、
高校時代でもなければ、社会人になってからでもない、
本当にこの時期にしかできないことだと思う。
だから、まあ、そういった空気感だけでも伝えられればいいなと思
いながら書いた。
この小説は空気である。あの時代の空気であり
酔いの空気だ。
だからタイトルを決めるとき、手が止まった。
空気には、それこそ、名前などつけようがないからだ。
かなり悩んだ。
じつは10年前に、ある長編を書いており、それが当時の飲みサークル
を舞台にしたもので、タイトルが『名無しの条件』だった。
内容はまるで違う。酔っ払いサークルが、大学側と学園祭の裏で戦う
という話。名無しの蝶を書き上げた頃にはそんなことも忘れていたの
だけれど、いざタイトルを担当編集さんと考え始めたとき、
このタイトルのことが脳裏をよぎった。
そんな折、担当さんが「名無しの蝶は、まだ酔わない」というタイト
ルはどうですかと言ってきた。天啓とはこのこと。
彼女はたいへん優れたコピーライターだと思った。
かくして「名無しの蝶」の5話にわたる一年の旅が一冊にまとまった。
酔いのロジックが日本の四季折々の美しさと絡み合う青春歳時記。
今さらのように、ぜひ今宵、酔いしれていただきたい一冊と
言っておきたい。
以上