トイレに入れば、その家がどの季節に建てられたのかがわかる。
という話をある人から聞いた。
曰く、
「そのときの季節に合わせた壁紙にしちゃうもんなんだよ。
うちもさ、夏に建てたものだから、
カモメが飛んだような壁紙にしちゃってね。
冬になるとなんでこんなのにしたのかなと思うよ」
じつにおもしろい話である。
さっそくわが家(賃貸アパート)のトイレの壁紙を見てみると、
白だった。
よく見ると、表面の質感は漆喰を思わせるものになっている。
どことなく涼しい感じがするので、夏に建てられたのかもしれない。
この話は本当かどうかわからないけれど、うそであったとしても、
いかにも本当っぽいところがいい。
真偽が曖昧なので、ぜひとも確かめてみたくなる。
それには人のうちにあげてもらわなければならない。
あげてくれそうなうちが何軒あるだろうかと、ちょっと考えた。
何軒かあるが、たいがい遠いところにある。
近いのは大家さんのうちである。
大家さんのうちはすぐ隣りにあり、家賃を毎月もっていく。
狙えそうかなと思ったが、さすがに玄関先で
「お腹が痛いのでトイレを貸してください。とてもうちまでもちません。さあ早く」
とは言えないのでダメだろう。
調査には長い時間がかかりそうだ。
こんなおもしろい話は、調査の結果が出る前に、
人に話してしまいそうである。
現にいまここに書いてしまっている。
これを見たり、わたしがついしゃべってしまった人が
お邪魔したお宅でトイレの壁紙を見てくれれば、
意外と早く結果が出るかもしれない。
いや、なんかもう、こう書いている間に
結果なんてどうでもよくなってしまった。
そうやってよくわからない話によって、
人のうちや自分のうちのトイレの壁紙を
真剣に見ようとする人が現れるのがおもしろい。
わたし自身この話によって、
わざわざ自宅のトイレの壁紙を見に行ったのだが、
そんな自分にたいしてもにやりとしてしまった。
思いもかけないところになにかの痕跡を発見すると、胸が躍る。
ちょっと大げさだが、南アメリカ大陸の東側と
アフリカ大陸の西側がピッタリ合うことに気づいた人が
「おおっ!」と思ったのに似ているかもしれない。
家を建てた人の心の痕跡は、トイレの壁紙に残るというこの話。
痕跡が残るのが居間の壁紙でなくトイレの壁紙であってくれて
本当によかったと思っている。