古くからの友人が子供の頃、肥溜めに落ちたことがあるという話を聞いて、そう云えば最近は肥溜めという施設を見ることがないことに気付いた。
現在の拙宅の近くに、他の埼玉県南部を流れる川の例に漏れず緩く流れる幅数メートルの川がある。
鯉がゆったりと泳ぐその川は、沼にちかい。近年知ったことなのだが、この川は江戸時代、船を使って 「江戸の人民が製造した下肥」を運び上げ、「下肥によって生産された野菜」を江戸に運ぶという重要な水路だったそうだ。近年、有機栽培とかオーガニック食材の話題になることが多いが、下肥によって生産される野菜作りは、それらの原点だろう。
江戸時代に確立されたリサイクルのスキームには、驚くばかりである。
足立区にある足立郷土博物館にはこの下肥による堆肥製造システムがきちんと説明されていることを知り、早速行ってみた。 説明によると、都内に於ける下肥によるリサイクルは江戸時代から昭和30年ごろまであったという。 平坦な耕地に集落が点在する東京の農村では、堆肥を作るための草をとる山林がないのでもっぱら江戸東京から排出されれる人糞尿を下肥として使用した。江戸東京近郊は土地が平坦なために運搬が容易であったことや船による輸送が可能だったことから、下肥を豊富に使えたことによって農業は栄えたそうだ。拙宅近くの川もその一つだろう。
肥溜めに就いて、こういう詳細な説明がある博物館は他に例を見ない。素晴らしいことだと思う。
写真は足立郷土博物館で展示されている肥溜模型である。小生の記憶はもっと単純に溜まっていてこんなきれいなものではなかったが、これが正当な肥溜めなのだろう。
この様な下肥をプールする設備が肥溜めで、東京近辺では絶滅して久しいが、当時の子供たちにとっては近寄るなと言われれば言われるほど行きたくなるミステリースポットでもあった。小生は東京生まれ育ちだったので、身近に肥溜めはなかったが、それがあるところに行くと、わざわざ見に行ったりしたものだった。防空壕の様な洞穴や、下水道、などと同様に子供たちの格好の遊び場でもあったのだが、秘密めいた場所、それが子供が肥溜めに落ちる理由の一つだったのだろうと思う。
それはともかく、下肥は正しく堆肥化させれば 究極のオーガニック栽培の肥料だ。プロセスとしては、肥溜めで高温発酵させることによって寄生虫、その卵や病原菌を死滅させ、堆肥化させるというものだが、このプロセスによって悪臭も消えるという。
現在の生産工程を見るに、自然界に存在しない様な化学肥料を用いたり、他の生物が死滅する様な劇毒薬を用いて生産された食材なんぞ、人類にとって如何なものかと思う。それより、素性のはっきりした下肥の方がよっぽどましだ。もちろん、当初は抵抗もあるだろう。なにせ、人糞なのだから。しかしいずれは高価値な肥料として認められる様になり、ブランドものとなるかもしれない。そこで今からネーミングを考えてみた。
オーガニック野菜「人糞育ち」
オーガニック米で醸造した「人糞誉」
オーガニックで育ったフルーツ「人糞娘」
アイデアは尽きない。