女の人って素晴らしい。

お腹の中で赤ちゃんを育む事ができるんだよ。

赤ちゃんの部屋は、子宮っていうんだ。そこで大切に大切に赤ちゃんは、育まれるんだ。

赤ちゃんが産まれる為には、産まれるまでの間お母さんは、生きていなくてはいけない。

そうでなければ、赤ちゃんは、生まれてくる事が出来ない。



男の人って素晴らしい。

女性が赤ちゃんを育めても、息を吹き込むのは男性なんだ。精子が入ってくれなけりゃ、赤ちゃんには、ならない。

男の人のたった一度の射精で、計算だけでいったら、何億もの命を生み出す事が出来るんだ。

生命エネルギーの塊だね。

だから、適当にゴミ箱に捨てては、もったいない。

そのエネルギーは、自分を高める為、人を助ける為に使う事が出来る。

そんな事ある?って思っている?

こんな風に言ったら、ちょっとは理解できるかな?

大切な試合の前、受験の前、修行僧、禁欲するのは、その力を違う所に使っているんじゃないかな。

まぁ、余ってしまったら、捨てるしかないかも知れないね。

そして、自分が大切に思える素敵な女性に僕の命を育んでくださいってプレゼントの様に大切に贈れたら素敵だね。

そして赤ちゃんを育まなくても

心と体の性が噛み合わなくても

体のコミュニケーションは、お互いのエネルギーを増幅させる力だってある。

だからみんな自分の性も相手の性も尊重しあえたらいいね。

どんな風に始まった命も尊い。

ただ、物話のはじまりの部分が違うだけなんだ。


ねえ。

あなたは、どんな女性でありたい?
どんな男性でありたい?

そして、どんな人と共に進みたい?

私は、子供の頃、お母さんになる事がとりあえずの目標で、学生時代から、どんな子育てをしようかと、同級生を観察していました。


私の観察によると、おじいちゃんおばあちゃんと同居している子は、比較的情緒が安定しているな。と、思って子供は、おじいちゃんおばあちゃんと一緒にいる環境で育てたいと思っていました。


いざ結婚して、同居させて頂ける事になったのですが、嫁ぎ先の両親大変だったと思いますし、私も、いろいろな思いを経験しました。


ただ、子供を少しでも良い環境で育てさせていただくためには、ここに居させていただきたい思いが、いつも優った感じでいました。


そして、50歳になって、私が子供のためにと、思ってしてきた事は、全部私の財産になっている。と、気づけましたよ。


その見方で改めて見ると、なんとも図々しい嫁でした‥。


少しは反省しないと‥。あはは



2番目の赤ちゃんが私のエゴなら、4番目の赤ちゃんは、主人のエゴかも知れません。


3人の子宝に恵まれ幸せいっぱいな気持ちになれず、ヘロヘロな毎日を、何もしてあげられていない‥。と、自分ダメだしばかりしていた頃、4番目の赤ちゃんがやってくると‥。


無理。

絶対無理。


ネガティブなマインドの妊婦でしたよ。私は。


しかしながら、なんだか4番目の赤ちゃんがいざ来たら、なんでか分からないんですけど、毎日が楽しくなっちゃって、4人も子供いるのに明るく子育てしていて偉いねぇ。


なんでよく褒められたものです。


カルマ清算されたのかも知れません。


ちょっと振り返ってみると、

最初は、嬉しくて楽しくて

次に、思い通りに行かなくてイライラプリプリ。

そして、自分の不甲斐なさに、涙涙。

最後に、安らぎ。

育児の喜怒哀楽を味合わせて頂いたような気がします。