令和8年1月25日、深谷市長選挙が投開票されました。 まずは結果のご報告と、私に一票を投じてくださった11,198名の皆様に、心より感謝申し上げます。
結果は、現職の小島すすむ氏の当選。私は落選いたしました。 それも、ダブルスコア以上の大差での完敗です。
しかし、この選挙戦を単なる「勝ち負け」だけで語ることはできません。そこには、数字以上のドラマと、私が意図した「戦略」があったからです。 この総括(前編)では、まず客観的な選挙結果の分析と、知られざる「手作り選挙」の舞台裏についてお話しします。
■ 逆転不可能だった「7対3」の壁
まず、今回の選挙結果(確定票)を冷静に見てみます。
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小島 すすむ 氏: 26,770票(得票率 約70.5%)
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ミルクおやじ 氏: 11,198票(得票率 約29.5%)
この数字を見て、「もし、いつもの『牛の格好』をせず、本名の『村川徳浩』としてスーツを着て戦っていれば、もっと票が伸びたのではないか?」と考える方もいるでしょう。 確かに、私の奇抜なスタイルに戸惑った保守層の票は、スーツ姿であれば多少上積みできたかもしれません。
しかし、客観的事実として言えるのは、「それでも逆転は不可能だった」ということです。 相手は強固な組織力を持つ現職。得票率70%という数字は、個人の戦術レベルでどうにかできる壁ではありませんでした。ダブルスコア以上の差がある以上、私がスーツを着ようが着まいが、勝敗の結果そのものは変わらなかったでしょう。
だからこそ、私は「勝ち負け」のその先にあるもの──つまり「いかにインパクトを残し、メッセージを届けるか」に全振りをしました。その結果としての「約3割」は、今の私にとって誇るべき数字です。
■ 究極の「DIY選挙」:カッティングシートと2人のチーム
今回の11,198票がどれほど重いものか。それは、私が置かれていた「環境」を知っていただければ分かります。 通常、市長選といえば「地盤(組織)・看板(知名度)・鞄(資金)」が必要と言われますが、私はこれを完全に無視しました。
1. 選挙カーは自作の「牛三郎」 街中を走っていたあの選挙カー。業者に発注した豪華な宣伝車ではありません。私の自家用車に、ホームセンターで買ってきた黒のカッティングシートを自分で切り貼りして作り上げた、完全手作りの愛車です。ルーフに載せた看板(箱)も市議選で使ったものをそのまま使用。さらに、タスキも過去からのリユースです。
2. 運動員は実質2名 選挙事務所には、大勢のスタッフもプロのウグイス嬢もいません。 ウグイス役は、私「ミルクおやじ」と、2日間応援に来てくれた「山田るまちゃん(ウグイスだるま)」だけ。 人手が足りないため、私がハンドルを握りながらマイクでも喋る「ドライバー兼ウグイスおじさん」として活動することすらありました。 選挙運動員は最大でも4人、期間中2人で回していたこともありました。まさに手作りの極みです。
3. 地元の「逆風」 さらに厳しい現実がありました。私には後援会もなければ、支持団体もありません。それどころか、私の地元の「自治会幡羅支会」ですら、組織として現職市長を応援するという立場でした。 本来なら最大の味方であるはずの地元でさえ、組織的にはアウェー。四面楚歌の状態からのスタートだったのです。
■ 「しがらみゼロ」の純粋な意思
この状況下で積み上がった、1万1千票。 これには、企業や団体の「付き合い」で入れられた票は一票たりとも含まれていません。
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自作の車を見て、面白がってくれた人。
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たった2人で訴える姿に、足を止めてくれた人。
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私の訴える「入札制度改革」に、真剣に耳を傾けてくれた人。
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そして、「くれよんかん・はたらふれあい館」の署名活動などを通じて知り合った仲間たち。
組織の締め付けも、利権も関係ない。100%純粋な「個人の意思」だけで集まった票です。 お金をかけず、組織に頼らずとも、知恵と工夫と情熱があれば、現職相手に戦える。その事実を残せたことは、これからの地方政治にとって大きな意味があると考えています。
しかし、私が得たのはこの「票数」だけではありません。 選挙戦を通じて得た最大の資産、そして「なぜミルクおやじだったのか」という核心部分について。 続く【後編】で、その戦略の全貌と「費用対効果(コスパ)」について詳しくお話しします。












