●鍵をなくす
父はくも膜下出血で四肢のマヒが残り、介護認定も受けていたが認定の申請時には乗れないと申告しているのに、悠々と自転車に乗って出かけていた。脳内出血で入院した後でも、いつの間にかまた自転車に乗り始めていた。
なぜか一人なのに実家の自転車は2台。出かけた先で鍵をなくし置きっぱなしにして帰ってきたので、もう一台買ったのだ。母が生きていた時は、探しに行っても自転車は見つからず「パパったら、どこに止めたんだか分んないっていうんだもの、やんなっちゃうわよ」とよくぼやいていた。使い道のないスペアキーらしきものが今でも実家に複数残っている。
●お出かけ好き
銀行の手続きに一緒に行く時も、一人で自転車で出かけてしまう。「待ってよ」と追いかけたが、私は数十年自転車に乗っていないのでハンドル操作もおぼつかず転倒。80歳の爺さんが平気なのに、私が肋骨にひび入れてどうする?!その後、私は自転車には乗らないと宣言。これが私の父との自転車の痛い思い出となった。
主人が一人で父を訪問したある日、父が「今日は、自転車で行でかけよう」と提案。少し遠くの料理屋の前を通りながら「K君、今度ここに来よう」と言ったそうだ。主人は「お父さんは快活で、とても楽しそうだった」と今も思い出を語る。父が自転車にのっていた記憶はそれが最後となった。
いつか連れて行ってもらうはずだった料理屋の話題もその後でなくなった。父が歩いて行くには少し遠いからだ。
●突然乗らなくなった理由
自転車は歩道でなく車道を通るのが正しいルールとなってからも、そんなことは理解もせず今まで通りに自転車を乗り回し、他人にケガをさせたらいけないと心配していた。危ないからやめてと言ったが、娘に言われて行動を改める人ではない。
ところがある時から父が急に自転車に乗らなくなった。
大分後になって近所の人に聞いたのだが、父がある日自転車ごと側溝にはまり立往生していたところを、近くにいた人が引っ張り上げてくれたとのこと。自分で痛い目にあってわかったらしい。
この時を機に、徐々に父の行動範囲は狭まってゆく。