コレニ令スルニ文ヲ以ッテシ、コレヲ斉(トトノ)ウルニ武ヲ以ッテス
(兵士に対しては温情をもって教育すると共に、軍令をもって統制をはからなければならない) 行軍篇
孫子の兵法は、一兵卒のために書かれた兵法書ではありません。
軍を率いて、軍を動かす人、即ち将軍、大将のために書かれたものです。
今回のクローズアップは、
組織を動かす責任者は、組織をまとめるのに「温情をもって教育指導し、規則をもって統制をはかる」
というワンポイントレッスンです。
もう、コンナン当たり前とチャウ?!
と思っている人もいるでしょう。
著者・守屋氏はさらにこんな説明をしています。
普段から軍令の徹底を図っていれば、兵士は喜んで命令に従う。
逆に普段から軍令の徹底を欠いていれば、兵士は命令に従おうとしない。つまり、普段から軍令の徹底に務めてこそ、兵士の信頼を勝ち取ることができる。
厳しく軍令を徹底させて命令に従わせることは出来ても心服させるところまではいかない。
そこで必要なのが「仁」すなわち「思いやり」である。
ここで終われば、私は「あ~、そうなんだ~」で終わっていました。
この後の話を読んで、
コレハ現代ニ当テハマルナ…今ノ政治家・警察官・自衛官ノ不祥事ニ!
と思ったのです。
この後に、「厳」と「仁」の使い方の実例が載っていたのです。
『三国志』の諸葛孔明。
彼は信賞必罰の厳しい態度で部下や国民に望んだと言われています。
その好例が「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」の故事だそうです。
孔明が軍を出す時に、先発軍の司令官に馬謖(ばしょく)という将来有望な若手参謀を起用しました。
ところが彼は敵と対陣したときに孔明の指示を無視して大敗を喫してしまい、孔明軍は進攻を断念して撤退しました。
孔明は軍令に従って、馬謖(ばしょく)の責任を問い、
涙をふるって愛する部下を斬罪に処したのです。
馬謖(ばしょく)を斬罪にすることは孔明の願いではありませんが、軍令に従えば彼の罪は彼の命で償うしかなかったのです。
重臣から「有望な参謀を殺すとは…」と抗議されたとき、孔明は
「天下が大変な時に、軍法を曲げるようなことをすれば、どうして軍を統率できようか」と涙ながらの心中を語ったそうです。
これが「厳」です。
しかし、孔明は馬謖(ばしょく)の遺族たちには今までどおりの待遇を保証すると言う人情深いところを見せています。
これは「仁」ですね。
昔の中国の名将たちは、人々を一つにまとめる為に、まず「厳」で臨み、欠けたところを「仁」で補ったのです。
この話に当てはめてみると、
現代の政治家の世界、警察官や自衛官の世界って、
規則に対していい加減なんじゃありませんか?
普段から規則に厳しくないから、ずるいことしても、犯罪を犯しても・・・・
もしも時代が遡って、安倍チャンじゃなくて、諸葛孔明だったら、
所属する軍隊の司令官は斬罪ですぞ!!
組織の弛みは、長の腕不足、無能さの表れですから~!
て、なんかギター侍みたいになっちゃった