右の掌を力士に見立て、左の掌も力士に見立て、机の上にその左右を立たせ、相撲を取らせる。ただ相撲を取らせるだけではない。四股、塵を切る、そのような動作はもちろん、机上の土俵上で勝負を終えた左右は、支度部屋へ帰っていく。支度部屋は膝の上である。次の勝負も始まるので掌は忙しい。初日を終え二日目が、二日目が終われば三日目がはじまる。そうして力士たちの幸不幸が星取表に取り込まれていく。小学校の机の上で催される相撲には際限がない。一場所が終わる。すると番付会議がある。星取表の幸不幸は番付に反映される。しかし、一番下の番付はどんなに成績が悪くとも下がることがない。そんな不自然さに直面し、初めは幕内だけを対象としていたそれに十両が加わった。さらに同じ理由で幕下が加わり、同様に三段目、序二段、序の口、新序、本中が加わる。一方で、相撲社会を目指す全国の青年たちの育ち方、行動までを考慮に入れる。さらに力士たちは二、三場所ごとに歳を取っていき……
“ただ、こちらが力士たちの心情に深々と入りこめばよいわけである。番付が三枚さがった彼という存在にひしひしと近づいていく、そのへんの私の心の揺れ具合がこの遊びの真骨頂なのだった”(色川武大「ひとり博打」)
黒を勝たせるように作戦を組み、盤面は黒が優勢になる。しかし、そこで白に情が移る。白が勝つ。ひとりでオセロをする橘ゆりかは、白という存在にひしひしと近づいていったのだ。
そして橘は、石、すなわち白と黒の攻防、幸不幸に飽き足らず、オセロプレイヤーという存在を導入し、オセロプレイヤーの心情を忖度する。ひとりだが、ひとりではない。色々のプレイヤーが存在し、プレイヤーは家庭を持っていて、または持っておらず、仕事を持っていて、または持っておらず、オセロの他に趣味がある場合もあり、時には子供、時には大人、男であったり女であったりする。一方、オセロを製造する人、運送する人、販売する人、それらの人びとが必要とする設備、制度などについても想定する。そのうちオセロプロが登場し、オセロ新撰組なるプロ集団も結成される。また、アイドルグループが大きなオセロ盤のセットを使ってオセロをするところが深夜に放送されることもある。そのグループには橘ゆりかというメンバーがいて、あるネット番組でひとりオセロについて言及し、それを見た視聴者が橘と「ひとり博打」の主人公の姿を重ねて空想し、空想の中の橘は、石、すなわち白と黒の攻防、幸不幸に飽き足らず、オセロプレイヤーという存在を導入し、オセロプレイヤーの心情を忖度して、色々のプレイヤーは家庭を持っていて、または持っておらず、仕事を持っていて、または持っておらず、オセロの他に趣味がある場合もあり、時には子供、時には大人、男であったり女であったりし、オセロの製造、流通、販売などに関わる人、設備、制度に注意を払い、プロが現われ、オセロ新撰組が現われ、 深夜にアイドリング!!!の1期生と2期生が巨大オセロで勝負をし、その時の心の揺れ具合は――