黄金来夢 | ブログ(仮称)

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アイドリング!!!のことを書いてるようで、
じつはあんまり関係ないかもしれないことを書いてるような感じになってしまっているブログです。
くだらないことを書いていければ、と思っています。
ネタバレかどうか、気に掛ける余裕がないのが悩みです。

 1月8日に発売されたアイドリング!!!の5枚目のアルバム『GOLD EXPERIENCE』が、7日付(発売日前日分)のオリコンデイリーチャートで1位となった。

 さて、「GOLD」で「1位」といえば、昨年の有馬記念を制したオルフェーヴルである。オルフェーヴル(Orfevre)、フランス語で「金細工師」という意味である。

 そのオルフェーヴルとアイドリング!!!29号玉川来夢との関係について、以前に書いた。昨年の12月23日の記事である。ここに再掲する。
  
  オルフェーヴル
  ↓
  エレクトロアート(オルフェーヴルの母方の祖母)
  ↓
  古岡秀人(エレクトロアートの馬主)
  ↓
  学習研究社(古岡秀人が創業者)
  ↓
  ピチレモン(学研パブリッシング発行のファッション雑誌)
  ↓
  玉川来夢(ピチレモン専属モデル)

 このようなものであった。
 しかし、その関係において、重大な見落としがあったことを告白しなければならない。
 それは、エレクトロアート(Electro Art)の子供に「エレクトラム(Electrum)」という馬がいたことである。

 エレクトラムは1996年の3月28日に生まれた牡(オス)の馬で、オルフェーヴルからすると伯父にあたる。
 1999年2月28日、中山競馬場で後藤騎手を背にデビュー。デビューを勝利で飾ることはできなかったが、通算で4勝を上げて引退した。
 この馬は、馬主が何回か替わっており、引退時にはネクサスという会社の代表取締役である池谷誠一氏が所有していた。
 ネクサスは、16号菊地亜美や卒業生の7号谷澤恵里香も出演したことがある『ドラGO!』(2013年3月31日放送までは『ドライブ A GO!GO!』)などを手掛けるテレビ制作会社である。
 
 少し話が逸れた。
 実は、そのほかにも様々なことを見落としていた。

 まず、時間的な共通点である。
 玉川来夢が所属する『ピチレモン』は、もともと『Lemon』という雑誌の姉妹誌であった。その『Lemon』が創刊されたのが1982年。
 一方、エレクトロアートの母であるグランマスティーヴンス(Grandma Stevens)がアメリカから輸入されたのが1982年。 
 そのグランマスティーヴンスからエレクトロアートが生まれたのが、1986年の3月29日。
 『ピチレモン』の創刊が1986年の4月(のおそらく1日(※1))。
 のちに『ピチレモン』のモデルとなる玉川来夢が生まれたのが1997年の4月30日。
 オルフェーヴルの母であり、エレクトロアートの娘であり、またエレクトラムの妹であるオリエンタルアート(Oriental Art)が生まれたのが、1997年5月12日。玉川来夢の誕生から2週間と離れていない。
 
 エレクトロアートとオリエンタルアートの馬名には、「アート(Art)」という語が入っている。
 この馬名との関わりでも、見落としていたことがある。
 玉川来夢の得意な教科は美術であり、中学時代には美術部にも所属していた。
 
 馬名といえば、グランマスティーヴンスの母の名はダウ(Dhow)である。帆船の一種であるダウ船に由来していると思われる。
 ダウの母、すなわちグランマスティーヴンスの祖母は、コースタルトレード(Coastal Trade)という名で、こちらは沿岸貿易という意味である。おそらくダウの名前も、この馬名からの連想であろう。
 オルフェーヴルの母系をさかのぼると、海や船にまつわる名前を持った馬に出会う。
 ラムは、かつて航海の必需品だった。ラムにはレモンハートという銘柄もある。

 もちろん玉川来夢の名前は、酒のラムが由来ではない。同音というだけである。
 来夢という名前は、彼女の親がバンドのDREAMS COME TRUEを好きで、夢がかなうという意味も込め「来る夢」としたものだ。また、彼女の母が『うる星やつら』のラムちゃんが好きだった、ということもあるらしい。
 
 ちなみに『うる星やつら』のラムちゃんの由来は、1970年代に一世を風靡したアグネス・ラムである。アグネス・ラムは渡辺プロダクションに所属していた。ワタナベエンターテイメントに所属している玉川からすれば、アグネス・ラムは時代を超えた大先輩とも言える。
 
 2011年9月、玉川来夢と橋本楓、高橋胡桃の三人からなるChocoLeは、キャンディーズに憧れるアイドルユニットとして結成された。
 キャンディーズもまた、アグネス・ラムと同時代の渡辺プロの大スターだった。ChocoLeのグループ名は、もちろんキャンディーズにならって、菓子に由来する。
 ChocoLeの結成の時点で、橋本楓はすでにアイドリング!!!にいたが、玉川と高橋は加入前だった。二人はオーディションを経て、2012年にアイドリング!!!入りしている。

 ところで、高橋はグラビアJAPAN2011の準ミス週刊ヤングジャンプ、橋本はミスヤングチャンピオン2013のグランプリに、それぞれ輝いている。
 ともに雑誌社主催のアイドルオーディションである。
 グラビアJAPANは集英社の主催。ミスヤングチャンピオンは秋田書店が主催している。

 集英社は相賀(おおが)武夫(※2)によって設立された。一方、秋田書店は秋田貞夫(ていお)が創業者である。
 この二人、ともに小学館で働いていたことがある。そもそも相賀は小学館の創業者である。
 1922年、相賀は小学館を創業。1926年には小学館の娯楽誌出版部門を分離させて集英社を設立した。集英社の設立後も、相賀は小学館の社長を続けた。
 秋田貞夫は1930年に小学館に入社。1940年に退社し、朝日新聞出版者を経て、1948年に秋田書店を設立した。
 1935年、後に出版社を立ち上げるもうひとりの人物が、小学館に入社する。1946年に学習研究社を創業する古岡秀人であった。

 何の話だったか――

 渡辺晋(しん)とともに、「ザ・ヒットパレード」を大ヒットさせたフジテレビのディレクター、退職後に作曲家となり、その彼が作ったファンファーレ、鳴り渡りゲートが開き、2分32秒後、勝った馬はオルフェーヴル。2013年12月22日、大舞台でその馬の背中にいた騎手、かつてカレンチャンという馬とも コンビを組んでおり、夫人はHOP CLUBというアイドルグループの元メンバーだった。遡って、2010年の京都大賞典、勝った馬はメイショウベルーガ。オルフェーヴルと同じ騎手が乗っていた。表彰式では、アイドルグループに所属する二人がプレゼンターだったが、その二人の所属事務所の社長、若い頃、ナベシンこと渡辺晋のところにいた。一方、この日のプレゼンターは、その年、開幕24連勝を記録した投手。彼の夫人もアイドルだが、11月にはチームメイトもアイドルと結婚。チームメイトの夫人もまた、HOP CLUBの元メンバー。HOP CLUBの他にも在籍したことのあるグループがある。そのグループがメインレギュラーのテレビ番組、古巣の番組に彼女は出演。ウェディングドレス姿の新婦は、拍手で祝われ入場し、金屏風の前に佇み、現メンバーを記者に見立て、記者会見の体で、質問に答える。記者席には、メイショウベルーガの時の二人、カレンちゃん、ChocoLeのメンバーもいた。ChocoLeの一人、「優勝した、その時の心境は」、こう質問した。質問者の名は玉川来夢――

 オルフェーヴルと玉川来夢の話である。

 オルフェーヴルの母と玉川来夢が、ほぼ同時期に誕生したことは、すでに述べた。
 するとオルフェーヴル自身と玉川来夢に、なにか時間的なつながりはあるのか?
 
 玉川が芸能界デビューしたのは2011年である。ピチレモンの専属モデルとなったのも2011年。ChocoLe結成もその年であるから、玉川にとって2011年は、大きな転機の年だった。

 一方、オルフェーヴルがクラッシク三冠を達成したのが2011年。クラシック三冠とは、皐月賞、東京優駿(日本ダービー)、菊花賞の、三つ全てのレースに優勝することである。いずれも格の高いレースであり、また3歳の馬しか出走することができないため、これを達成した馬は少ない。オルフェーヴルで7頭目だった。
 2011年は、オルフェーヴルにとって、特別な一年だった。

 この年は、オルフェーヴルの兄、ドリームジャーニー(Dream Journey)が引退した年でもあった。ドリームジャーニーも、有馬記念や宝塚記念、朝日フューチュリティステークスといった大レースを制している。
 2011年6月26日の宝塚記念が最後のレースとなった。
 父ステイゴールドが香港のレースに出走したときの馬名表記、「黄金旅程」。その「黄金旅程」から連想された「夢のような旅路」。ドリームジャーニーは、第二の人生ならぬ馬生(ばせい)を送るため、北海道の牧場へ向けて、旅路に就いた。

 アイドリング!!!の5枚目のアルバム『GOLD EXPERIENCE』。
 玉川来夢はそのアルバムで、他の17歳以下のメンバーと一緒に、「Bon Voyage!」という歌を歌っている。 
 フランス語で「良い旅を!」という意味らしい。





 ※1:『ピチレモン』のファンブログ『三月の転校生』(転校生さん管理)の2011年9月18日の記事「史上サイコーに詳しい「ピチレモン創刊の歴史」」によれば、1986年4月1日に発売されたようである。

 ※2:「おうが」としている文献やサイトも多い。


参考文献
 田原総一郎(1993) 『メディア・ウォーズ』 講談社文庫
 小林信彦(2005) 『テレビの黄金時代』 文春文庫
 
主な参考サイト
 ・競走馬の馬名などのプロフィール、血統、競走成績等に関しては:
  JBIS(Japan Bloodstock Information System)データベース.公益社団法人日本軽種馬協会  
  http://www.jbis.or.jp/index.html

 ・株式会社ネクサスに関しては:
 “株式会社ネクサス”.日経就職ナビ
  https://job.nikkei.co.jp/2014/corp/00073721/index/guest
 
 ・グランマスティーヴンス(Grandma Stevens)の輸入年に関しては:
  “今週の立ち読み|優駿激闘譜 ドリームジャーニー”.優駿 Official web Site
  http://www.prcenter.jp/yushun/read/1301.html
 
 ・『Lemon』、『ピチレモン』の発行年に関しては:
  国立国会図書館サーチ.国立国会図書館
  http://iss.ndl.go.jp/

 ・『ピチレモン』の発売日に関しては:
 “「史上サイコーに詳しい「ピチレモン創刊の歴史」”.三月の転校生 (転校生さん管理)
  http://d.hatena.ne.jp/GYOPI/20110918
 
 ・玉川来夢さんが美術を得意科目にしていることに関しては: 
 “大好きな時間”.玉川来夢オフィシャルブログ「らむたんぶろぐ」
  http://ameblo.jp/tamagawa-ramu-we/entry-11053434390.html
 
 ・玉川来夢さんが美術部に所属していたことに関しては:
 “answer*^ー^*2”.玉川来夢オフィシャルブログ「らむたんぶろぐ」
  http://ameblo.jp/tamagawa-ramu-we/entry-11138017607.html

 ・玉川来夢さんの名前の由来に関しては:
 “ChocoLe(チョコレ)デビュー記念インタビュー”.スクランブルエッグ
  http://www.scramble-egg.com/artist/event11/chocole01.htm

 ・『うる星やつら』のラムちゃんの名前の由来に関しては:
 “うる星やつら ラムちゃんのモデルは?”.平野文の DJ blog  ~fumi fumi station~
  http://blog.excite.co.jp/fumi23blog/3588692/

 ・相賀武夫、秋田貞夫、古岡秀人の経歴に関しては:
  デジタル版 日本人名大辞典+Plus.kotobank(出典:講談社)
  http://kotobank.jp/dictionary/nihonjinmei/
 
 ・小学館、集英社、学習研究社の歴史に関しては:
 デジタル版日本出版百年史年表.社団法人日本雑誌協会,社団法人日本書籍出版協会
  http://www.shuppan-nenpyo.jp/

 ・オルフェーヴル、ドリームジャーニーの馬名の由来に関しては:
 “馬名の由来|Coffee Break”.Sunday Thoroughbred Club サンデーサラブレッドクラブ
  (「2004年産駒」および「2008年産駒」のリンク)
  http://www.sundaytc.co.jp/coffee_break/noted_horse/notes/index.html
  
以上のサイトを参考にしました。ありがとうございました。
なおリンクの設定はしておりません。



※あとで、補足部分や参考文献・参考サイトの部分を、付けくわえたり、整理したりするかもしれません。