医学者で文学者である加藤周一さんの著作に、30年親しんできました。彼の文章は、合理的かつ明瞭です。
加藤さんは、侵略戦争のため友人が徴兵されいのちを奪われたことを原点に、戦争放棄と戦力不保持の平和憲法を守るため、9条の会を立ち上げました。
最近、加藤さんの著作集が完結しましたが、未完だったのは、彼と同じく医学者で文学者である、森鴎外・斎藤茂吉・木下杢太郎について改めて、彼が書く予定だったためです。残念ながら、短い前書きしか書かれないまま、加藤さんは亡くなりましたが、前書きやNHK人間大学の、鴎外・茂吉・杢太郎にかんするtextを読み返して、文学と医学・科学についての興味深い提起を再発見しました(15年前のtextーー著作集18巻=完結巻 所収)。
杢太郎=太田正雄は『皮膚科学講義』をあらわし、加藤さんはこれに注目しています。私は若いころ、杢太郎の甥らがつくった、救援会(弾圧や冤罪の犠牲者を支援する組織)の医務室から始まった病院に、10年勤めました。同書から・・・
いわく、「(皮膚病の)どういう分類がもっとも自然的であるかというと、やはり(病気の)原因によってするのがそれであるといわねばならぬ。・・・原因をもってする分類は医学の最も重要なる目的たる治療の事を図るためにもまたもっとも便利である」と。
世の中には難病というものもありますが、外傷性脳損傷は難病ではなく、原因がはっきりしています。しかし、複雑多岐にわたる症状を、バラバラに考えたら診断にはなりません。神経診断学の方法によって、外傷から一元的に説明できることがあります。
同書には、こんな意味のことも書かれています。--(皮膚病の)形態のみ似ているからといって、他の原因の疾患と隣り合わせに分類したら、その系統は支離滅裂となろう。
そこで、逆に外傷性脳損傷による排尿障害のように、しろうとには外傷と関係ないものに見える病気を、原因である外傷性脳損傷と切り離せば、脳損傷は「頸部ねんざ」、排尿障害の原因は不明という誤診も起きます。
杢太郎が(皮膚病の)原因不明なるものに対してはやむを得ず、第2の標準を求めなければならぬ・・・とするのを受けて、加藤さんは、第2の標準は形態によって分類するが、その場合、肉眼の所見よりも顕微鏡的所見が重要だと言っていると説明します。
マクロな所見(MRIなどの画像)で、外傷性脳損傷が見えない場合、生きている脳のミクロ(顕微鏡的)な所見をとるわけにはゆかず、神経診断学の他覚的な所見(整形・脳外の検査・問診→神経眼・耳・泌尿器・リハビリ・精神科の検査)によって診断できます。
国や保険会社側は、ごまかしの反証を持ち出しますが、加藤さんのように合理的・明瞭に石橋所見を押し出すべきです。
なお、国や企業の仕打ちに対する怨嗟の声が、私が担当する掲示板に出ているので、ご参照ください。
http://36303.progoo.com/rental/normal_bbs/bbs.php