こんにちは。




カサンドラになりやすい人の性格は…




というのを、皆さん目にすることはありませんか?




そういう方の性格は、真面目であるとか責任感が強いとか、繊細であるとか、優しいとか…。




確かにそういう方は、アスペルガーの方に『寄り添(そ)おう』という気持ちが若干(じゃっかん)強いかも知れません。




でも私は思います。




多分、性格などは関係なく誰でもカサンドラになりうるんではないかと。




どんなに明るく前向きな考えを持っている方だろうと、優しくて普段から全然怒らない様な方だろうと、カサンドラになりにくいとは、私は思えないです。




カサンドラになりうる共通点があるとすれば、アスペルガーの方との距離感一緒にいる時間ではないかと思います。




カサンドラになってしまった方のブログを沢山(たくさん)拝読(はいどく)してきましたが、カサンドラになった皆さんの性格はそれぞれで、中には正反対の方もいらっしゃるのではないかと感じています。




そして性格は異なっていても、アスペルガーの方に対する怒りだったり、イライラ、悲しみ、淋しさ、憎(にく)しみ、虚(むな)しさ、絶望感など、




ブログにあげてるカサンドラの方の心情は、普段生活していて誰かに感じるイライラや淋しさとは違うカサンドラ共通の感情なんだと感じてます。




これはアスペルガーの方の、あの悩ませる言動が決して『性格』ではないからです。『特性』そのものだからです。




ですから、どのアスペルガーの方も、どのカサンドラの方も似てるんです。




環境が違っていても、家族構成が違っていても、どんな年齢であっても。




ブログを書いてる方はアスペルガーの奥さんが多いですが、それは、一つ前のブログに書いた通りアスペルガーの方が変化に非常に反応するからです。




結婚、妊娠、出産、子育て、どれをとってもアスペルガーの方の苦手な分野です。




こんな苦手な事オンパレードで、アスペルガーの方達が配偶者と順風満帆(じゅんぷうまんぱん)に行くわけがないのです。




そうなるとアスペルガーの奥さんにとって、この思いを今すぐ吐き出したい程の凄まじい『したくなかった経験』を文字起こししたくなるんですよね。




でも、私の様にカサンドラのキッカケとなった相手が家族という場合もあります。




中には職場の方という方もいらっしゃるでしょうし、友人がキッカケという場合もあると思います。

でも感じてる事は一緒。




一緒なんです。




そして結局耐えられなくなるのです。




これは、『脳の疲弊(ひへい)』からくるのだと思います。




人は生まれてから、沢山の経験を積んでいきます。




物凄く当たり前の事も、子供の頃には分かりません。




でも少しずつ学んで覚えて身に付けていく。




そして人は、何かに困った時、今までの経験を基(もと)に対処法を考える事を自然にしているのだと思います。




カサンドラの皆さんは、アスペルガーの方に対して、数え切れない程の試行錯誤を重ねて来たと思います。




あれが駄目だったからこれを…。




あれもこれも駄目だったから、今度は…。




……でも、どれも上手く行かない。




虚(むな)しいですよね。




その内、諦(あきら)めの気持ちも生まれてくる。でも全てを諦めるというのは不可能だったりもする。




そしてどうしても相手の協力が必要になることだってあると思います。




その時は、また向き合おうと思い直す。




でもまた、打ちのめされる。




『どうすれば良いのか、もう分からない。』




『脳』にストックしていた経験は全て通用しない。




この『経験が通用しない』度合いが半端ないので、気力を失うんだと思います。




もう話をするのも顔も見るのも姿を見るのも声を聞くのも辛くなります。




私はこれがカサンドラの最終形態だと思ってます。




離れる事が物理的に無理な方は、必ずここにたどり着くのではないでしょうか?




そしてここにまたカサンドラの新たな苦しみがあるような気がします。




『人を避け続ける』ってしんどいですよね。











で、結局…




改めて声を大にして言いたい事は…




カサンドラになりうる人は、『距離感や一緒にいる時間』が関係しているのではないかということです。




あなたの性格は関係ありません。




ちっとも関係ありません。




私はそう思います。




どうか、心にとめて置いて頂ければと思います。




ではまた。




 

 スマイルゼミ(小学コース)

 【Sowan(ソワン)】 やさしい素材の日本製温活グッズ専門店

 










こんにちは。




お久し振りです。




実は先日、カサンドブログを書くようになってから『カサンドラ』として初めてある方にコメントをしました。




本当に申し訳ないのですが、、、




突発的(とっぱつてき)にコメントしてしまいました。




コメントをした後で余計なお世話だったかもしれないという思いと、その方のブログを全部は読んでいないので検討違いな事を言ってしまったのではないかという思いがあり、兎に角(とにかく)まずは、その方のブログをはじめからから拝読しようと、ここの所ずっと読み耽って(ふけって)おりました。




その方のブログを拝読して…












…辛かった。




正直とても辛い内容でした…。




そして改めて思いました。




やはり世間のアスペルガーとカサンドラという存在の浸透の無さは、このままであって欲しくはないと。







カサンドラのブログの皆さんの多くは、旦那さんがアスペルガーの方が多いですよね。




そうなると結婚という環境の変化だけでも心が追い付いて行けないアスペルガーの方たちにとって




奥さんの妊娠、出産、また子育ては、とてつもなく大きな変化と捉(とら)えているのだろうと思います。




でも奥さんにとっても、妊娠、出産、子育ては大きな変化であり、不安なもののはずです。




だから助け合って乗り越えていきたい、共に成長し合いながら日々を過ごしていきたいと思うものだと思うんです。




でも大抵(たいてい)のアスペルガーの旦那さんは、自分の中の不安で一杯一杯になり、『怒り』としてその不安を吐き出そうとしてしまうんです。




『色んな変化がありすぎて、不安なんだ』と、ただ素直に言葉に出来る事が出来たのなら…と思います。




ただ落ち着いて、そう言えることが出来たのなら…




そう出来ないから…




結果的に愛があるとは思えない言動をしてしまうから…




相手はカサンドラになってしまう。




自分の不安を『怒り』という感情に変えることが、どれだけ相手を傷付けているのか…




そして自分はどんな事に不安を感じやすく、どのくらいの頻度で不安を感じるのか…




私はアスペルガーの方にちゃんと気付いて欲しいです。




相手の心が離れていく理由を分かってる旦那さんはどれぐらいいますか?




何にも気付かず、自分が被害者と思ってる旦那さんがどれだけいますか?




そして『アスペルガーだから仕方ない』

…そう思うカサンドラの方がこの世の中にどれだけいるのでしょうか。




私は本当に仕方がないのかな?と思います。




勿論、私が今言ってるのは、今現在辛い思いをしてるカサンドラの方が更なる努力をする事ではありません。




今現在、辛い思いをしてる方は、兎に角ご自分の身体と心の健康を第一に過ごして欲しいと心から願ってます。




勿論(もちろん)私だって、もう無理はしません。




カサンドラ本人がカサンドラだと気付く時、それは大抵、同時にアスペルガーという存在を知る時です。




その時、アスペルガーの特性を知り『府に落ちる』事はあっても『光』を見出だす事は、ほぼ無いと言ってもいいと私は思ってます。




それは『一生治らない特性』いう絶望的現実を突き付けられるからです。




アスペルガーの方本人に『自分の事をもっと知って欲しい』




カサンドラの人は、そう思ってます。




自分の思考のクセ。




何故今、怒っているのか。




何を不満に思い、その言動をしているのか。




あなたの感情はあなたにしか分かりません。



あなたにしか分からない感情を当然なもののように言ってきたりして欲しくないんです。




自分で自分の事を分かっていない事をそのままにしていては、良好な人間関係を築いくことは出来ない事に気付いて欲しいんです。




自分の特性と向き合って欲しいんです。




『怒り』という感情を出してしまった本当の理由を本人が知るべきです。考えるべきです。




私は『アスペルガーだから仕方ない』という事で諦めるだけの道は、『もういいよ』と思ってます。




そろそろ世の中が変わっていける時期に来てると思うんです。




離婚して自分の人生に前向きな気持ちを取り戻せた人達のように、離れたくても離れられないケースの人達にだって光が欲しい。




でも、アスペルガーの方とカサンドラになってしまった方が良好な関係に進めるには、




カサンドラのやることはもう無いんです。




アスペルガーの方が自覚して向き合ってくれないと、もう無理なんです。




アスペルガーの方の歩み寄りがないと、一緒にいる人はずっと辛いです。




アスペルガーの方は、多分、私たちが想像するよりも、はるかに沢山の事を考えていて、色々な事が気になっていて…




そんな風に沢山の事を考えてる自分は、最大限に気を遣(つか)ってると思ってるんだと思います。




自分は充分努力していると感じてるんだと思います。




だからこそ、良好な関係が築けないのは努力してる自分である筈ではなくて、相手のせいだと思い、それを口にするのだと思います。




こんなに気を遣ってるのに、こんなに頑張ってるのに、何故責めるんだ?という感じなんだと思うんです。




でも気を遣ってくれてるのなら…忙しい時に手を貸してくれたりとか、体調の悪い時に優しくしてくれるとか、悩んでたら一緒に考えてくれたりとか、そんな事を望んでるんですよね、相手の方は…。




でもカサンドラの皆さんは、これまでの経験からきっとこう思ってます。




『想像力が無いのだからしょうがない』と。




アスペルガーの方って本当に想像力が無いのでしょうか?




私から見たら、余計な事には結構想像力を働かせてる気がします(笑)




だから、コミュニケーションを図(はか)るためには、その想像力を相手が喜んだり、感謝したりしてくれる方に使ったら良いのになと思います。




勿論、全然、ちっとも、これっぽっちも簡単なことではないですが。




相手が嬉しくない気遣いをして、結果、『これだけやってるのに』って、しょっちゅうキレられても困るし、疲れるし、何より心がやられます。




また、見当違いの気遣いをアスペルガーの方だって誰かにされたら嬉しくないと思うだろうし、そう相手に伝えた時にキレられたら怒ると思います。




気遣いは相手の事を知らないと気遣いにならない時があります。




誰だって人の気持ちを100%分かることは出来ない。




そして思い違いが全く無い、なんて事はない。




でも、みんな『トライ』してるんです。アスペルガーの方でなくても、何度も何度も。みんな同じなんです。




アスペルガーの方は自分の努力は分かって欲しいのに、相手の努力は自分の努力よりも下回(したまわ)ってるという考えなんではないでしょうか?




そして自分で気付いてなくても、自分の事を卑下(ひげ)していて、コンプレックスのようなものを持っている気がします。だからいつも、『責められた』に結び付くのでかないかと思います。




カサンドラさんのブログに出てくる旦那さんも多分、『そこは別に良くない?』というところに気を使って疲れているように思えます。そしてそれが『疲れてる自分にまだ何か言うわけ?』という訳の分からん逆ギレに繋がってる気がするんです。




『自分は頑張ってる』で頭の中が一杯になる。その『頑張ってる』を全面に打ち出せば自分は悪くないと言い切れる。

そう思ってる気がします。




私はアスペルガーの方は、取り越し苦労を沢山しているんだと思います。




仕事の疲れ以外の所で(アスペルガーの方と仕事についてはまたいつかお話したいと思います。)考えている事。




例えば、トラブルで多いのが義理のお母さんとのやり取りだと思うのですが、アスペルガーの方あるあるで、一度決まった事を覆(くつがえ)してしまう事があるんです。




コレって結構辛いんですよね。




覆(くつがえ)された時って、大抵会話がスムーズにいった時が多い。




今回は上手くいったんだ、ちゃんと会話ができてた、そう安堵(あんど)するからこそ余計ダメージが大きくて、、、




もう何もかも無理なんだ。

どうコミュニケーションを取ろうと、取れないものは取れないんだと思うんです。




その時のカサンドラの絶望感は、もの凄く大きいです。




自分がもう完全な『無』になった気がします。




では、アスペルガーの旦那さんが一度決めた事を覆(くつがえ)す理由はどんな理由なんでしょうか。




この場合、私からすると親との関係があまり安心出来る関係ではない気がするんです。




はたから見れば、親に自分の思い通りにしてもらってるように見えるのに、どこかプレシャーの様なものを感じてるのではないかと思います。




だからこそ、細かい事が気になって仕方なくて、一度夫婦で決めた事も不安になってしまうのでしょうか?




多分これも、本人は心がザワザワしていて、それに向き合おうとしているんだと思います。向き合ってる自分は努力してると思ってるんです。




だけど実際の所、本人にもそのザワザワの正体が分からない…。




それでも自分は最善の方法を考え抜いた!




だから、アスペルガーの方はケロッとした感じで、『○○に決めたよ』と平然と言うのだと思います。

自分は、良い選択を思い付いたのだからと、一人でスッキリとした気持ちになってるのかもしれません。




でも、こちらからしたら…その言いぐさは何?昨日、あんなに確認したよね。話し合うべき事だと思ったから時間を作って話し合ったのに…




180度、意見が変わることも許せないし、それだけ変わっておいて謝罪もないし、しかも私が聞かなきゃ、いつ言うつもりだったの?さも当たり前の報告みたいな軽快さも全て許せない!!!




…となる。




君に一言、言いたい!




努力する所はそこじゃな~い!!!




そこじゃないよ~!!!




そして、怒り狂って、絶望して、感情を失い完全に扉を閉じたカサンドラに、アスペルガーの方はこう言う。




『何怒ってるの?』




で、言葉を返すものなら、始まる逆ギレカーニバル。




人をここまで怒らしといて、優しさのカケラさえ失わせといて、更に『こちらが悪い』と責め立ててくる。




凄いよね。ここまでされてるから怒ってるのに、まだ先があるんだ…(単純に驚くよ)私の中に残ってる僅かな何かまで根こそぎ奪ってくんだ…




あとはもうシャットダウンしかない。




私が言いたいのは、その細々(こまごま)な考えても仕方ないと思う様な事を考える時間を手放して『気にしない勇気』は持てないものかということです。




気になる事は気になる。




そうだろうね…。




でも、慣れるしかない!




そこは慣れて行くしかないと思います。




だって慣れなきゃ、他の大切な事を考える余裕が無くなってしまうからです。




出来ないって諦めないで欲しい。




アスペルガーの方たちは、人生の細々な小さい事に凄くクローズアップして、疲れてると言う気がするんです。




でも、そこで疲れてたら




大事な事は出来ない!




大事な人は救えない!




何でも分からないって諦めないで!




気付いてないかもしれけど、貴方は沢山の優しい言葉をかけられてきたよ。




目の前の人は、どんなに酷いこと言われても、どんなに酷いことされても、何度も何度も貴方との関係を諦めずに頑張ってきたはずだよ。




何度も何度も懲(こ)りずに信じてもらってきてたはずなんです。




何度も何度も許してもらってきたはずなんです。




その事にちゃんと気付いて欲しいです。

分かんないって思ってるのはこっちも同じです。




それでも歩み寄ったのは…努力したのはこっちも同じなのに…




それでも人を責めてくる。




カサンドラの方は本当に酷いことしたんでしょうか?




アスペルガーの方はすぐ被害者になってしまうけど、目の前の人は本当に酷い人ですか?




自分の特性だって、結局は特性なんだって知ってくれるでしょ?




自分の特性を調べて、良好な関係を築こうと努力してもらってないですか?




カサンドラはアスペルガーという言葉を知る前から、上手くやっていこうって、コミュニケーションの試行錯誤をしてくれてるはずです。




努力してないカサンドラなんていないんです。




それを知ろうとしなければ、良好な関係なんて、もう無理なんです。




アスペルガーの方に自覚をもってもらう事。




これはもう避けて通れないのではないかと思います。




そして、ここで『コメント』のお話に戻りますが、ここまでカサンドラが疲れきってる理由は、自分がカサンドラで相手がアスペルガーなんだと知るまでの長さもあると思います。




もし、世間にアスペルガーとカサンドラの存在がもっと浸透(しんとう)してたら、偏見(へんけん)が無く浸透してたら、カサンドラの『なにこれ?どうして?』期間が無かったら、、、




私は、まだ自分を立て直せたと思います。




だから、つい勢いでコメントしてしまいました。




その方のブログは、『カサンドラブログ』では無かったのですが、『カサンドラブログ』そのものでした。




沢山の方からコメントもされてる方で、応援してくださる方が沢山いて、でも、コメントされてる方もアスペルガーのアの字も出してない感じで…




家族がアスペルガーなんだと知る前の期間が、私にとって最も一番辛い時期でした。




だからこそ、居ても立ってもいられなくなってしまったんです。




何でこんなにも辛い思いをするのに、世の中の認知度はこんなに低いのだろうと。




もどかしくて、悲しかった。




その方に、貴方は悪くないって伝えたかったんです。




御自分をもう責めて欲しくなかった。




いつになったら、カサンドラにならずにアスペルガーの人とコミュニケーションが取れる世の中になれるんだろう。




それは、子供のうちから診断を受けている人達が大人になって行く時代になる頃なのでしょうか?




自分の事を少しでも客観的に見れる事、これはアスペルガーの方がコミュニケーションの取る上で一番重要になっていく事だと思います。




私はそんな世の中は『絶対にない』なんて思わず、可能性を捨てずにいたいと思ってます。




だって諦めるということは、私の場合、私が自分の人生を諦めるという事になってしまうからです。




自分が我慢をすればいいなんていう人生を本当に望んでますか?




カサンドラになってしまった人が、どうか御自分の人生を諦めず、明るい光の方へ歩いていける事を心から願ってます。




何だかとても長くなってしまいましたが、最後まで読んで下さり、有り難うございました。




【Sowan(ソワン)】 やさしい素材の日本製温活グッズ専門店

  

  

 










こんにちは。




お元気ですか?




今日はですね、会話をしてて思う事を書いていきたいと思います。




普段のなんて事ない会話の中に、『何で○○しなきゃいけないの?』という台詞が突如現れる事があります(笑)




おそらく友人の間では滅多(めった)に聞くことの無さそうな台詞…。




イヤイヤ、こちらこそ、そんな事言われたら…『何でそんな風に言われなきゃあかんの?』と言う感じになるのですが(笑)




こういう時、ムッとしてしまうんですけど、悲しくもあるんですよね。




それは私が未(いま)だに、『自分を攻撃してくる人』として見られてるんだなぁと思うからです。




アスペルガーの人達にとって、人に何か注意みたいな事を少しでも言われると、それはとんでもない酷いことを言われたという感覚になるんだと思います。




『責めてる』と思われてるから、逆ギレなどの言動なんだと分かってから…




『責めてる訳でない』という前置きをしたり、誤解してそうな時はつかさず『違うよ』と声をかけてきたり、?な表情をしてる時は理由を説明したり、と色々してきたと思うんですよね…。




でもそれらの言葉で納得してくれてる手応(てごた)えは…ない。




『責められた』と思ってる自覚さえ、あるような…ないような…。




反射的に感じることって、なかなか簡単には直せないものって事なんでしょうね。




悪気はないのは伝わってます。




後で反省している時もあったりなかったりする事も知ってます。




でも、責められたと思われた時の敵対心みたいなものを向けられた時、私だって何にも感じ訳ではない。




やっぱりイラっときてしまいます…。




いつかは、『ハイハイ、そうですかー』って毎回言えるようになるんでしょうか?




『何で○○しなきゃいけないの?』の台詞が出てきた時も




大体(だいたい)、改めて聞くと怒ってないと言い張るんです。




そう言われると余計に納得いかんくなって、モヤモヤが溜(た)まります。




怒ってると感じてないのか、怒ってると思われるのがメチャメチャ嫌なのか…。




表情が不思議そうな感じでのこの台詞なら、只(ただ)の疑問なのかなと思いますけど…




私から見れば、明らかに『ムッ』としてる表情にしか見えません。




その表情で、声のトーンも明らかに怒ってる感じで『何で○○しなきゃいけないの?』と言われるんです。




そりゃあ、空気変わりますよね。




スルー出来かねます…。




そしてそんな時の事をよーく思い返せば、大体(だいたい)さきに『ちょいモヤ』な返(かえ)しをされてるのは私の方なんです。




ですが気を取り直して返事をするんです。




でもやっぱり少し嫌だなという気持ちで答えるので、いつもと違う表情や言い方を私はしてるんでしょうね。




そしてそれを逃さず察知するんだと思います。




私の態度がちょっといつも違うと思っても、怒ってる感じに見えたとしても、




私の言動は『何で○○しなきゃいけないの?』の感じの10/1位の強さでしかないと思います。




それでも、ちょっとした相手の不機嫌さは敏感に感じ取るというか、5倍ぐらいに膨(ふく)らまして感じ取っている様に見えます。




私は何もしてないのに!悪くないのに!…何で急に怒られなきゃいけないんだ!…みたいな。




イヤイヤその前に感じ悪かったのは貴方じゃなかったっけ?




それにしたって、『何で○○しなきゃいけないの?』って、、、




相当酷いこと言われた時やされた時にに、言う言葉の様な気がするんですけど…。




人より『怒り』の感情が多いって事なんだろうか。




話を聞いてるといつも我慢してやってる感を凄く感じるんです。




でももし我慢してる事があったとしても、それはお互い様というか…。




私だって何にも我慢してない訳ではないですし、一緒に暮らしてれば我慢だけでなく、色々協力し合ったり、譲(ゆず)ったりするものです。




アスペルガーの方って、どこか上から目線の印象を受ける事が多い気がするんですよね。




俺様がいつも我慢してやってんだ!




でなきゃ1日平和に終わってなんかいないぞ!




酷いこと言われてもされても、いつも穏便(おんびん)に済ませてやってんだ!



(そんな事、実際起きてませんけどね)




という様な…




あー書いてて、モヤモヤ、イライラしてきます。




よっぽどこちらの方がその台詞を頂きたいですわ。




確かに助けられてる事もあると思うけど、それを言うなら、こちらだって助けてあげてると思うし。




そこはWin-Winではないのかしら?




何でそんな戦(いくさ)好きなんでしょうね。




でも自分は平和主義とか思ってそうだな…。



…………




どこがやねーん!!




家族と仲良くやっていきたい気持ちはありますが、やっぱりアスペルガーの特性の全てを受け流すのは難しく、非常に我慢のいる訳の分からない修行を受けてる様な感じがします。




私だけが理解しようと頑張るだけでは、上手く行かないと思います。




特性が濃すぎるんですよね。




そして自覚してもらう所から入らなければならない。




そこがまず大変です。




自覚してもらうための説明もこれまた難しいですし、素直に聞いてくれる気がしない。




そしてそれを説明しようとする『図』を思い浮かべるだけで、動悸が…。




取り敢えず、ちょっと休みます(笑)




ではまた。





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