こんにちは。




ちょっと弱音吐いて良いですか?




私はずっと姉1と会話してません。




顔も合わさないよう暮らしています。




でも、会っちゃいます。




だって同じ家に住んでますから。




でも、会うと動悸がします…




ホルモンの波の具合によっては、部屋の中をグチャグチャにしたい気持ちになります。(してませんけど…)




前の様に話せたらと思いますが、仕方なく偶然に会う度に『沸き上がってくる押さえきれない怒り』みたいなものに、心が支配されてしまいます。




私はいつまで、こうしてるんだろう…。




向こうは一切、申し訳ない顔をしない。




なにも言わないけど、ケロっとした表情をしています。




その状況を把握してない表情が、この動悸と繋がるんでしょうか?




こんな時、折角頑張って歩いてきたあの長い道のりが、全部なかったことになって、振り出しに戻ってしまった様な気持ちになるんです。




いつか、家族で鍋をつついて、

『今、特性出てたね~!』

『出てた!出てた!』

何て言う会話は叶わない夢なのかと、思ってしまいます。未来なんて分からないのに。




諦める覚悟を持った方が良いのかと、




今日はとても暗い気持ちになってしまいました。




皆さん、




更年期って怖いね…。











今日は命の重みをひしひしと感じます。

今日も生きていてくれてありがとう。

今日もブログを読んでくれてありがとうございます。

こんにちは。




カサンドラのブログを書いてる方って色んな方がいらっしゃいますよね。




旦那さんがいらっしゃる方、そしてお子さんがいらっしゃる方、独身の方、様々な職種の方など…




ブログを書いてる方は、本当に色んな方達なのに、カサンドラのブログに登場するアスペルガーの方は、『このブログに書かれてる人って、自分の目の前にいるこの人のことじゃないの?』という位(くらい)に似ています。




なので状況がすぐ目に浮かぶんですよね。




全然、環境も違いますし、年齢も性別も違っているのに…いつも『本当にそっくりだな』と思っています。




スマホに向かって何度『同じだよ~!』とタメ息混(ま)じりに言った事か…。




ブログを書く理由というのは、同じ様に悩んでいる知らない誰かの為(ため)もあるとは思いますが、一番は自分の心を整理する為だったりしませんか?




ですから、私はアメブロさんの許す範囲(はんい)で(笑)自由に表現しても良いと思っています。




多少、荒めの表現をしたとしても、多分その方にとってそのブログは、自分を保(たも)つために必要なものだと思うから。




吐き出す場所があるから何とか一日を乗り越えてる方が沢山いると、私は思っています。




そんな私も前回ブログで『言い逃げ』をしましたしね(笑)




特性なんだろうけど、性格とは違うんだろうけど、父と姉1に対して私はものすごく性格の悪さを感じてしまうんですよね~(  ̄▽ ̄)




そして、そう感じてしまう特性だということを本当に厄介(やっかい)だなと思ってます。




悪気はない???




う~ん(-_-)




特性???




う~ん(-_-)




そっか、それならしょうがないか…。




……と、なれない程の(なれないんかーい)アクの強い特性の数々…。




アスペルガーの方と一緒にいるって、結果的に良好な関係を築(きず)けたとしても、それは決して簡単な道のりではないと思うのです。




特性がただ困るだけじゃなくて、腸(はらわた)が腸の原形がとどまらないくらいに煮えに煮えまくって煮えくり返るから、問題ですよね。(どんな状態?凄いね)




こちらだって冷静でいられない事もある。




そして、もし、そんな状況(腸が煮えくり返った状況)に陥(おちい)ったカサンドラが怒って、それを安全地帯にいる全然関係のない第三者から責められるとしたら、私は納得がいかないです。




自分が責められたら、キレる気持ちが一周ニ周まわって落ち込みそうになりますし、もし、カサンドラの方が目の前で責められていたら…黙っていられるかどうか正直分からないです。




そんな場面に出くわすかどうかは分からないですけど…。




きっと私は、口を挟(はさ)まずにはいられないだろうなぁ~と思います。




そもそも世の中の人がアスペルガーという存在を知っていても、どれだけ大変かという所まで理解してる人は、どれだけいるのだろう…。




自分が同じ立場になったら、怒らないで冷静でいられる人が、どれだけいるのだろうか?




また、相手をそうさせてしまっているという事実に気付いているアスペルガーの方の割合はどれ位なのだろうと思います。




カサンドラだって、時にはアスペルガーの方のパニック状態の癇癪(かんしゃく)と同じじゃないかと思うほど、キレる事だってあると思う…。




自分の中に、こんなに怒ったりする自分が存在するんだな…と思う事があると思うんです。




でもそこだけ切り取られて、酷(ひど)い人とか、冷たい人とか言われるのは、本当に辛い。




カサンドラでお悩みの方は、ご夫婦の方が多くいらっしゃいますが、家族がアスペルガーで悩んでる私は、離婚という選択がありません。




区切りが家族との絶縁になりかねない。




私がそう思ってしまうのは、一度でも家族と離れたら…もうこの先、会える自信がないと思ってしまうからです。




そして、きっとここで背中を向けたら、私は一生、家族に対する罪悪感を抱(かか)えて生きていくことになるんだろうな…と思っています。





せめて、向き合って向き合って向き合って…それでも無理なら『やる事はやった』と覚悟が出来るんですけどね。




でも、今はまだその段階ではないのです。




勿論、旦那さん、また奥さんと離婚しても『サッパリした~!』と解決するわけではないと思います。




離婚したにも関わらず、お子さんとの面会の場で、顔を合わせなければいけなかったり、




なんやかんやの手続きや養育費の問題で、やり取りをしなければならないと思います。(アスペルガーの皆さん、よく養育費の期日(きじつ)を守れなかったすることがありますよね…)




離婚に至(いた)った本当の理由を伝えても、多分、分かっていない相手と離婚後に連絡を取り合わなきゃいけないなんて…




その時のストレスといったら……当事者ではない私でも充分想像がつきます。




アスペルガーの方と夫婦であるということは、恋愛関係が基盤(きばん)になってる為(ため)、また違った辛さがあるんだと思うんです。




好きな相手なのだから、自分の事も好きになって欲しい。




大切な相手なのだから、自分の事も大切に思って欲しい。




それは相手に対する期待では決してないと思います。




心が感じるままの自然な流れです。




シアワセを感じる自然な流れです。




それが長い夫婦生活の中で、一生叶わないとしたら、、、




そりゃ~




…………




絶望します。




辛いです…。




夫婦であるという事はその辛さの土台があってのアスペルガーの方の特性と戦う日々なんですよね。




一人の人として、アスペルガーの方と向き合うだけでも大変な事なんです。




それなのに…




カサンドラが奥さんだとしたら…アスペルガーの旦那さんに、父親としての絶望感も一緒に食らうわけです。




ですから離婚出来る事が羨(うらや)ましいと言いたいのではなく…




簡潔(かんけつ)に言うと離れる事が『答え』と思えないから、辛いんです。




家族と絶縁するというのは、人生の中で大きな決断だなと思うんです。




出来たらこのまま『絶縁』に向かって行くのではなく、解決策を考えたいと思っています。




そう決めても、その自分の決めた事に自由を奪(うば)われてる気もします。(気だけですけど笑)




やっぱり後悔はしたくない。

そして乗り越えたい。




何度も何度も考えて、私は家族と一緒にいるという選択をしたのですけど(今のところね)でも選択肢が無いっていうのは、どんな事でも辛いものだと思うんですよね。




離婚したくても離婚できない。




縁を切りたくても切れない。




でもだからと言って、私は『自分の幸せを願う事をやめないで欲しい』とカサンドラの皆さんにお伝えしたいです。




だって、私も諦(あきら)めてないから。




今はまだ、この先、何処まで自分が納得いく未来を選べるのか想像しきれてないですけど…




今まで頑張ってきた事が無かった事になるような未来だけは選びたくないと思っています。




カサンドラになるって極限のストレス状態に陥(おちい)った結果なんですよね。




そして、カサンドラになってしまうと、自分の事がとても嫌になるんです。




本来の自分を見失ってしまうんです。




だから、一日一日をだだ無事に終わるだけで精一杯の日だって、そんなのいくらだってある。




だけど辛い気持ちを辛いと言える『場』があるだけで違うんです。




だって伝えたい相手に『伝えよう!』って勇気を出して伝えても、伝わらないのだから…




それが、どれほど目の前の道を塞(ふさ)がれるような気持ちになるか…




この気持ちはどうすればいいの?と思っているであろう人が書いてるブログは…




例え支離滅裂(しりめつれつ)な文章であっても、時には汚い言葉を使ってしまっていても、




どうか優しく見守って欲しいと思います。




見たくないのなら見なくていいという選択肢は、誰にでもあるのだから…




ブログを書きたい人、読みたくない人、




どちらもみんな自由でいいんじゃないのかなと思います。




私は、ブログを書いている事を家族の誰にも言ってません。




私の気持ちを言葉にして表現したいと思っていることと、このブログを家族に読んでもらいたいという気持ちが一致しないからです。




ウケるウケないは別として(笑)、私はあえてブログにギャグを添(そ)えてます。




笑ってたいから。




笑ってる自分を取り戻したいからです。




そして、もし、万が一、家族の誰かにこのブログを知られたら…




そんな時に、それを知った家族が傷付くような…と言うか…まぁ、傷付くでしょうけどね(笑) 




でも、このブログを読んで立ち上がれないような…家族の仲が修復不可能(しゅうふくふかのう)になるような文章は避けてるつもりなんです。




今まで何度か言ってるのですか、別に傷付けたい訳じゃないからです。




ただ、理解し合うために…まずは、こちらを向いて欲しい。




今は自分の事しか見えてないみたいだから…。(この先もだって?あんだって?)




自分の足先だけを見ている人と、視線を合わすことは出来ないんです。




お互いの目を見て、話せる時がスタートラインなんじゃないかなと思います。

(心の目という意味を含(ふく)めて)




あー、ホント、私の事を姉1や父はどう思ってるんだろう…。




心が感じたままの文章を書いたら、私のブログは凄いことになってます(笑)




でもそれをしないのは、私がそれを選択したからであって、良いも悪いも無いんですよね。




人は、つい自分で自分の自由を奪ってしまいます。




本当はもっと自由な筈(はず)なのに…。




明日は誰にも分からない。




諦めてるのは自分なんですよね。




今日と同じ明日が来るとは限らない。




今日辛くても、明日も辛いとは限らない。




心はいつだって自由なんです。




未来はいつだって未知で、瞬間、瞬間にやってくるものなんです。




そして、人はいつだって明るく楽しくいられる訳ではありません。




でもそんな自分も、自分で許して欲しいです。




そして、自分を好きになれない辛い日々を送ってる人を、『そういう人』と見るのではなく『そういう時期』と温かい目で見守って頂きたいです。
















今日も生きていてくれて、ありがとう☆














こんにちは。




前回のブログで、もし、ご心配をお掛けしてましたら…すみません。




カサンドラになって、本当に落ち込んだ時…




願望ではなく、カサンドラの症状の一つとして、よからぬ言葉を口にしました。




そんな私の心には、怒りが存在してました。




今思えば…その怒りがあったからこそ、そこに一緒に存在する淋(さみ)しさ、空(むな)しさ、絶望(ぜつぼう)、そして無気力感(むきりょくかん)などの、ブルーな感情のみに心が支配される事なく…




その怒りとブルーな感情を行ったり来たりする事が、できていたのだと思うのです。




そして、その状態でいれた事で、何とか他の感情も取り戻せた気がします。




でもその時の私は、




まったく笑えなかった。




カフェで一人でいても、涙が出てきた。




堪(こら)えきれてなかった。




でもそんな時があったからこそ、




誰かの痛みも分かる……




違いますね…




誰かの痛みを想像する事が出来る自分でいたいのだと思っている私が、今ここにいるんだと思います。










さて!




ウチの名探偵コナ……いや、名探偵でもないコナ○ですが…




彼は(父は)多分、家族の中で一番でヤバイ奴です。




多分と言ったのは姉1も父と同じくヤバイからです。




この二人は似てるところがあって、、、姉1は年齢を重ねるごとに、衝動性(しょうどうせい)が特に目立ってきてるので、父に対する悩みと被(かぶ)りやすいんです。




勿論(もちろん)、世の中にはもっとヤバイ奴が沢山(たくさん)いることでしょう。




ですからウチのヤバイは、たいしたものではないのかもしれません。




でも実際、私は立派なカサンドラで(立派なカサンドラって、なんやねん 笑 )

困ったり…怒ったり…(いや、怒り狂ったりかな?)そんな状態は事実な訳で…。




なので…よそはよそ、ウチはウチって事でお話しさせて下さい。




アスペルガーの方の特性って、このままで良いのかな…離れた方が良いのかな…と思わせるようなものばかりですよね。




何でも忘れちゃうし…。




何度も同じ事を相手に言い続ける事って




普段、案外あるようでないんですよね。




『また、忘れちゃったよ~』って笑い合う事はあっても…。




でもアスペルガーの方と関わってると、頭がおかしくなるほど、同じ事を言わなければならない。




たくさんの特性があると言っても、同じような特性が枝分(えだわ)かれしていて、一つ一つの特性が、大体似てるっちゃ似てるので余計混乱しそうになるんですよね。




また、『忘れる事』を前提(ぜんてい)にさまざまな特性がある、とも言えます。




『忘れること』ってアスペルガーの方といると、問題として、割りと結構早い段階で浮上(ふじょう)してくるものじゃないですか?




だから、正直慣(な)れてるって言ったらおかしいですけど、頑張ってカウントなしに出来る時ある。 




それに、だいたいの人が忘れられる事やモヤっとする事があっても、最初の方は『伝わりにくかったかな』とか『考えすぎかな』とか…流してる事が多いと思います。




すぐ怒る人って少ないんじゃないかな?




でも困る事が出てくる。




だから言葉にして相手に伝えるんですよね。




そうすると、物凄く驚(おどろ)くリアクションが返ってくる。




その辺で、コレってやっぱりおかしいよね…となる気がする。




私は、アスペルガー方と良好な関係を築(きず)けないのは、特性が出まくってるその後の態度(たいど)にあると思うんですよね。




…って話しながら難(むずか)しいと思うのが、その後の態度も特性なのか?という…ややこしさ…。(かんべんしてくれ 笑)




そしてアスペルガーの方の特性で私が、一番頭を抱(かか)えてるのが、




……と言っておきながら、一番なんて選べないと思っている私…(笑)




どれも濃いもん。




あったま来るもん。




辛いもん。




許したくないもん。




もんもん太郎出ましたね…。(もんもん太郎って何ですか?初めて言いました…)




…………




失礼致しました。




話をもどさなきゃですね…私が一番頭を抱えてる事ですよね…。




それは、『やめてと言ったことをやめない』事です。




これさぁー、パワハラだよねぇ~!




じゃなくて、本当にキツいんです。




イライラ感が半端(はんぱ)ないんです。




結局の所、注意された事を忘れてるって事なんでしょうけど…




やめて欲しい事を、何度も言ってる時って、それだけで神経がすり減ってるんです。




そんな時の逆ギレとかって、ホント頭きません?




ワタクシ、どーにかなりそうになります。




というか、どーにかなってます。




逆ギレされないとしても…




こちらは、なんと言っても、何度も何度も同じことを言っているストレスを既(すで)に抱(かか)えてる…。




そして、めげずにギャグだって取り入れてる…。




そしてそして、今までだってずっと…




ずーーーーっっっと




自分の思い通りにやってきた父。




私が父に感謝されることはあっても、これ以上怒らせる様な態度をとられる筋合(すじあ)いはないと思う。




何度もやめてというのには、ちゃんとした理由があるわけなんです。




だから、こちらもめげずに言い続けてる。




ですから、私がしびれを切らして、




『もぉ、いい加減にしてくれ!』




キレるというのなら、分かる!




だけど、私ではなく、父がムッとして私が言ったことを無視するんです…。




逆パターンなんかーい!!!




誰だって機嫌の悪い時はある。




分かってることを言われてムッとする時もあるだろう。




でも、忘れてはいけない…。




私、何回、同じ事いったの?




私、何回、ギャクにして笑い飛ばした?




私、何回、キレずに許してきた?




そこ、すっ飛ばさないで~!




だから、結果、そんな態度をとった探偵の仕事もしないコナ○を許す気には到底(とうてい)なれない。

           



その日に、なにかあったのかもしれませんが…




どんな理由があろうと、あんなに普段良くしてもらってる相手(それは私です)に失礼な事をしたのだから、




謝ることくらいはしなさいよと思う。




アスペルガーの方って、謝らないじゃないですか?




(まぁ、謝る方もいらっしゃるかもしれないですが…。)




それって、謝ったってまた同じことをしてしまうから?




単に謝りたくないから?




分からないですけど、父に関(かん)して言うなら、『また同じことをしてしまうから』と考えてるとは思えない…。




ウチの父は、『ありがとう』を全然『ありがとう』ではない場面で乱用し、人を嫌な気持ちにさせますが、(まぁこれも特性)




謝ることに抵抗があるということは、今までの『ありがとう』に本来の意味はない事を表(あらわ)してます。




そこには、いつも相手が存在しない。




『ありがとう』に相手に対する思いやりは無いし、いつだって自分のことしか考えてない。




謝らない事も『ありがとう』を本来の意味で使ってないことも、




そこには…




要(よう)するにつまらないプライドがあるんだと思うんです。




そして謝るくらいなら、ありがとうの方が、まだ言える…とも思ってる感じでいるような…怪(あや)しい香りがプンプンしてます。




どーでもいいけどさ~




本当に、どーでもいいけどさ~




そんな…世の中で最も(もっとも)要(い)らないものを、いつまで大事に持っているつもりだろう…。




そんなつまらんプライド、、、




そのいらんものを大事そうに抱えてる両腕(りょううで)目掛(めが)けてチョップを食らわして、そのプライド床(ゆか)にたたき落として、そのまま奪い取って川に流してやりたいわ!




ぽ~い!ってね!




ざまーみろー!




川に流してやってわっ!




ほぉ~ら、どんどん流れて行くよ~!




貴方(あなた)の、そのつまらんプライドが~!




今のうちに、お別れの言葉でも言ったらどーだい?




って言ってやりたい…。




プライドが目に見えるものなら、とっくにやってると思う。




そして、結局…




現実では私が怒った後もコナ○は、止めてと言った事をやり続けてる…。




あんなにキレられても(そんなに?)

なんにも変わらず…。




私はそんな姿に、更(さら)に腹が立つんですよね。




…何度も同じことを繰り返すよりも、(それだって腹立つけど)

そうやって、人の言うことを無視してやり続けるその姿の不気味さに腹が立つ。




何て言うのかな、聞こえてはいるんです。




普段はテレビの音量すんごくあげてる癖(くせ)に何故か余計な事だけは入ってくる地獄耳な、本当に意味分かんない、都合の良い耳が機能はしてるらしい。




わざと聞かないで、止めてという行為をやり続ける行為に狂気さえ感じる。




と言うか、先に私が気が狂いそうになる。




でもこれは『衝動性』であって、止められないのを私は知っています。




だけど私から見て、止めたいと思ってるのに止められないんだ…




と本人が悩んでるようには見えない。




もし、悩んでるのなら、その欠片(かけら)でも見せてくれれば良いのに…。




大体(だいたい)、父は昔から大事な事を聞いても何一つ答えなかった。




分からなかったというものもあるだろう…。




でも、時が経(た)って自分にとって意味のある『だんまり』だったと話した事もある。(結局、意味なかったけど)




だけど、こちらは…『今、貴方の意見が知りたいんだけど』という場面が沢山(たくさん)あった。




アスペルガーの方の特性って、何だかんだいって自分の意思で、物凄い嫌な奴になってる事に問題があると思う。




人に嫌われるような事をして、その事に

ついて悪いとも思えないというのは、誰かと良好な関係を築(きず)く上でそりゃぁ、あまりにも大きな障害になるだろう…。



何を言っても思っても…




それは特性だからって答えだったら…




近くにいる人は、結局納得なんていってないのに受け入れるしかなくなってしまう…。




ちょっといいですか?




ずっと思ってた事、言って良いですか?




















『性格が悪い!!!』




以上!!!









今日も貴方が生きていてくれたこと、とても嬉しく思います。最後までブログを読んで下さってありがとうごさいました。