愛をもって、生きて行こう -2ページ目

やさしさに包まれたなら…

 

誰かと繋がりたいわけじゃないけど、

好かれたいのでもないけれど、

やさしい人に、やさしい人でありたいと願う…

 

他人との関わりは、苦手だ。

お世辞も、社交辞令も、言えない。

 

ペットなども、嫌いじゃないけど、飼うほどの愛情はない。

飼うと溺愛すると思うけど、

それも、自分自身の生活に支障をきたす。

 

この感情は、なんだろう?

自分自身が、誰かに頼らなければ生きられない。

しかし、誰かに頼りたくないと思う。

このジレンマ、矛盾に

気持ちが、ざわざわと安定しない。

 

心を満たすこと、とても難しい問題…

 

もっと穏やかに、もっと安らかに、

なりたい。

 

 

 

どうしても、母にはやさしくできていない。

 

私は、バカなのか、未熟なのか。

 

 

 

息詰まる日々…

流石に、これだけコロナ渦が続くとなにかと人の心も、荒んでくる。

 

時代の変化も相まって、

正義?と言う盾を前に、自己防衛しながら他者のアラを探す。

とにかく全体も見ず、重箱の隅を楊枝でほじくるような

些細なことにも矛先を向ける。

 

屁理屈であろうが、言いがかりであろうが、

ストレス発散のために、攻撃対象を探し続ける。

 

もしも誰かが、ちょっとした言い間違いでもしようものなら・

鬼の首を取ったように指摘する。

 

昔はよかったなんて言うつもりもないが、コンプライアンスも含め

世知辛さが増している。

 

とにかく何かにつけて、遊びや余裕がない。

自動車のハンドルには、

あらかじめ遊びと言う曖昧な部分を設けてある。

レーシングカーのように、ダイレクトな切れ角をタイヤに伝えるハンドリングでなく

しなやかに曲がるための工夫のひとつ。

それが、事故防止に役立つ。

 

人との関わりについても同じ。

いきなり否定では、ケンカが起こる。

 

よく無駄なことは、会話に要らないと言う。

いや人と人の間にこそ、会話やコミュニケーションにこそ、

順序や言い回しが大切である。

 

怒りのままに発言、暴言を発すれば

相手の恨みを買う。

 

一度掛け違えたボタンは、

簡単には戻せない。

 

ホントに自分を守りたいなら、

他人、相手に対して丁寧に、優しさを持って接したいものだ。

トラブルやいざこざを回避し、

穏やかに過ごしていく。

簡単なようで、できない世の中です。

 

時間にも、思考にも、余裕や遊びを持って

言動すれば、このギスギスを多少

緩和できるのかもしれない。

 

とにかく、笑顔を絶やさない日々をおくろう。

 

医師と言う人たち2

正直言って、私は、医師と言う人々を同種・同列に

見たことはありません。

 

個々それぞれ、専門も違えば、生い立ちも異なる。

もちろん年齢も違えば、経験も違う。

 

長期入院、通院を重ねて、やっと輪郭が

ぼんやりと見えてくる。

 

入院時は、毎日のように回診があるので、

性格や人格もわかってきます。

 

看護師さんへの対応や患者たちへの口調だけでも、

見えるものがある。

 

しかし公立病院の場合、3年周期程度で、転勤もあります。

もちろん自分で医院を開業される医師もいる。

 

人間だもの、と思える言動も多い。

 

最近は、セカンドオピニオンと言う言葉も形骸化したようで、

あまり誰も口にしない。

 

実際コロナ禍で、医療の世界も

状況が変化している。

 

病院スタッフは、3月中旬には

1回目のワクチン接種を終えたようです。

 

つづく…