私が大学生のとき、23歳ぐらいのときに書いた小説を原文のままお見せします🤣
私が人生で最後まで書けた小説はこの作品と、まんじゅう工場のみです!!!笑

「入賞なしの佳作」に選ばれて、作品は世には出てませんしググっても何も出ませんがタイトルと本名だけは若干当時世に出たのでタイトルは伏せますww(ググっても出ませんが念のため)


本作品は文字数と、10回に分けて書く縛りがあったと思います。

「閉め切った部屋から出ないで書いたような作品」
という酷評を文学部教授からいただきました本作品から20年近くを経て、まんじゅう工場ではかなり世界に飛び立ったミラモナを感じられるのではないでしょうか。
そんな変化もお楽しみ下さい。
確かに、ほんまに閉め切った部屋で書いてて今読んだら笑います。

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 鱗のような雲をした空の中、太陽は沈もうとしていた。東京の空は狭いなどというけれど、なかなか捨てたもんじゃないな、と篠子は思っていた。空を見上げると鳥たちはこの東京の空のビルの間を悠々と飛んでいるものだ。大空とはいえないかもしれないけれど、この箱庭のような空が篠子は嫌いではなかった。
 
この日の夕暮れは、格別に街を不思議な黄金色に染めていた。そこにいる人々も景色も、非現実的な空気感で包んでいた。信号待ちをしている篠子の前に立っていた三十歳ぐらいのサラリーマンは、携帯のカメラで空を写していた。東京でも、みんな、案外空の色を気にして生きている。綺麗な青空だったり憂鬱な曇り空だったり。それはずいぶん、この東京において、虚構のようでもあるが、しかしこれが本来の東京であるようにも篠子には見えた。
「あんなつまらない色の背広を着た人間でも、空を美しいと思うことだってあるんだ」
 どんなときだって空は、そこにある。
 
 十代の頃、篠子は、サラリーマンを含めた男性全般に対してとんでもなく嫌悪感を持っていた。小学生の頃、両親が離婚して以来、父親に会ったことのない篠子は、自分の生活半径に大人の男性がいなかったこともあり、男性に対してひどい嫌悪感があったのである。それは、異質なものに対する恐れともいってよかった。この世界からおやじが絶滅してくれればどんなにいいだろう、といつも思っていた。サラリーマンが目に付くと、露骨にいやな気分になった。そこにある個人としての存在を気にしたこともなく、ただ、サラリーマンはサラリーマンという漠然としたひとつの固まりであった。何がそんなに篠子を不愉快にさせたのかはわからないが、おやじの持つ気持ち悪さや醜さが背広を着た人間にはにじみ出ているかんじがした。
 
 やっぱり、東京の空は捨てたもんじゃない。サラリーマンに、空の美しさを感じさせずにいられないほどなのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 うちには猫がいる、と篠子は思う。厳密に言うと、人間だけれど。さらに厳密に言うと、一つ年下の男の子だ。うちに住み着いた猫だ。
 
「そうくん」
 と呼ぶと返事をする。そっけないようで篠子になついている。その証拠に、そうくんはこの家を出て行かない。その証拠に、そうくんは篠子が何か用事をしていると周りをうろうろして話しかけて邪魔をする。猫を飼ったことはないけれど、猫ってきっとこんなかんじなのではないかと篠子は思っている。
 
うちに帰ると、そうくんは、居間でごろごろ寝転がっている。いつも、よれよれの薄いシャツを着ていて、細くて骨っぽいがりがりの腕を伸ばしている。時々、お菓子の袋が回りに散らばっている。チョコレートやポテトチップスなど。見ているのかわからないテレビがいつもついているが、消そうとすると
「あ、見てる」
 と言うので、篠子は、電気代がもったいないなあ、と少し思うのだが、注意するほどでもないのでいつもそのままつけておくことになる。
 そうくんは、特にどこかに立ち去ろうとはしないけれど、どこに行くのでもない。帰ってきた篠子のそばにずっといる。この距離感が猫みたいだと篠子は思うのだった。
 
 いつまでもこのままでいられるわけはないのだけれど、いつかこの関係が崩れる日が来るのを篠子も当然わかっているわけで、それを篠子は恐れていた。
 
 こんなに気まぐれな猫だから、いつ気が変わって出て行くかもわからないのだ。
 だって、猫だからね、そうくんは。
 
 うちの猫の好きなものは、テレビとゲームと漫画とお菓子。篠子の子供の頃から捨てられずにとっておいた漫画はもう全巻読まれてしまった。漫画の最新刊の話は、篠子と彼の唯一の共通の話題となる。早く最新刊が出てほしくてたまらない。
 毎日、何をするわけでもなくて、ただ、ごろごろしている。そんな猫に早く会いたくて、篠子は毎日仕事が終わると一分でも早く家に着くように早歩きで帰る。
 
 仕事なんてつまらないけれど、帰ったらうちには猫がいるんだ、と篠子は毎日思っている。
 
 
 
 例えば、インスタントコーヒーを飲もうとお湯を沸かす数分間。うちにはやかんがないので、小さな白い鍋でお湯を沸かす。沸くまでの時間、コンロの前でじいっと待っているのはばかみたいだし時間の無駄だとわかってはいるのだけれど、他にすることもないから、篠子はコンロの前で鍋の中身を見つめたまま立っている。台所で立ったまま煙草を吸っていることもあるが、結局、その間何か他のことをするでもない。
水からお湯になる瞬間というのは、いつ見ていても、「今だ」と思える瞬間がわからない。もしくは、ただぼんやりしているだけなので、いつも見逃しているのかもしれない。だとしたら、ほんとに自分の毎日何度も繰り返すこの時間は無駄だな、と篠子は思う。
 
 毎日毎日、同じことを繰り返している。同じことの繰り返しでもこの日々を心から愛していれば問題はないのだと思うのだが、どうもそういうわけでもないことには篠子は気づいていた。かといって、どうすればいいんだろう。
「毎日を楽しむコツ」みたいな自己啓発本を読むほど自分は落ちこぼれてはいないつもりだった。でも結局、そんな本を読んでも読まなくても自分は負けているのだと漠然と思った。何かに負けている。生まれたときから負けているのかもしれなかった。何に負けているのかを考え出すと、生きているのもめんどくさくなってくるので、篠子は考えないようにしている。
 
 仕事だってそうだ。出社時間が決まっているので当然なのかもしれないが、気づけば毎日同じ時間の電車に乗っている。車両すら同じだ。
 月曜日、火曜日、水曜日、木曜日、金曜日。同じことを五回繰り返すことが永遠に続いているような妙な錯覚すら覚える。こうやっている間にも、世界は動いているはずなのに、変だな、と篠子は思う。
 不変と永遠と激変の違いがわからなくて、どれも自分にとって近いことで遠いことで、篠子はもう、最近常に投げやりな気持ちでいる。
 
 けれど、帰ったら、うちには猫がいる。と思うと篠子は少しあたたかい気分になる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一年前の夏に、篠子の親友の鞠矢が死んだ。
 
「夏の花が好きな人は夏に死ぬのだ」
 という篠子の好きな作家の言葉が頭に浮かんだ。なんだか、鞠矢には夏の花が似合う気がするのだった。薄いピンクと白の花が似合う気がした。ご霊前には、そんな花を供えたい、と思った。以来、墓参りに行くときには、鞠矢にどこか似た花を花屋で求めてしまう。普段、花を買う習慣がない篠子は、花を見るときには、鞠矢に似合う花かどうかを真っ先に考える癖がついてしまった。
 
 若い頃に死んだ友人の話を、将来、酔っ払って得意げに話すような人間にはなりたくない、と篠子は思っていたが、きっと、鞠矢のことはことあるごとに話してしまう気がする。
 
「どんな人間だって生きているだけで素晴らしい」
 とまとめて言ってしまうのは好きではないし、偽善ぶっているばかりで正しくないような気はした。けれど、鞠矢には生きていてほしかったな、と思う。ずっとこれからも、共に生きていたかったとは思う。たとえば、仕事の話で愚痴を言い合ったり、結婚式には呼び合ったり、子供同士を遊ばせたり。いくらでも楽しいことはあったはずなのに。そういう楽しい思い出をひとつひとつ増やしていくのが人生なのになあ、と篠子は思ったりする。
 けれど、鞠矢にとっては、そんな楽しいかもしれない未来は、不安にしか映らなかったのかな。将来って不安だもんなあ、と篠子は実際には思っている。フェードアウトができるのなら、あたしだってしちゃいたいぐらいだよ、と。少し、鞠矢のことをうらやましい、と思う。
 
 鞠矢のいない毎日は、少しつまらないよ。
 といつもふと思い出すと鞠矢に話しかけている。まるでメールでもするかのような気軽さで。鞠矢がいればなあ、と今でもいつも思う。鞠矢がいないと、なんだかつまらないんだよね。
 
 いいな、鞠矢は。全部もう、ないんだもんね。いやなこともないし、年を取っていく不安もない。
 
 
 
 
鞠矢は何でも悲観的な人間というわけではなかった。おかしいときには笑っていた。笑うと、鞠矢は、りすに似ている。歯並びが少し悪くて、笑うと八重歯がのぞく。その顔が見たくて、篠子は鞠矢を笑わせることばかりいつも言っていた。
 そんな笑いあっていたことも、人生の根底にある不安とは無縁なのだろう。鞠矢には家族もいたし、友人も多くいたし、恋人だっていた。みんな鞠矢のことを大切に思っていたのに、鞠矢を人生という暗い不安の底から救うことはできなかった。
 自分には何ができたのだろうか。と考えることはずいぶん自己中心的な考えであるように思えるし、実際に自分には鞠矢に何ができたのかを考えれば考えるほど、自分には何もできなかったような気がして自分に自信がなくなる。
 私は親友一人さえ救えないような人間なのだ。けれど、人間を一人救うのがいかに大変ってことだよね。
 
 そして、結局、何も鞠矢の不安の原因なんてわからなかったから、救ってあげられたはずがない、と篠子は感じていた。鞠矢にすら、わかっていたかは謎だ。
 
 鞠矢の左手首にはいつも何本もの切り傷があった。消えることはなかった。時には、その無数の傷が皮膚の上でクロスしていることもあった。
 だけど、篠子は聞くことができなかった。
「これ、リストカット?自分で切ってるの?どうしたの?」
 と。いつか鞠矢がヘルプを出してくるのではないかと心のどこかで期待していた。弱虫ですぐに人を頼る鞠矢のことだから。そうなったときは、いくらでも話を聞いてあげるし、なんでもしてあげる覚悟でいた。
 結局、お互いにその話をすることのないまま、鞠矢は篠子に助けを求めることもないまま、鞠矢は一人で死んでしまった。
 
 女の子同士の友情というのは奇妙なもので、鞠矢の死を知ったとき、不思議なことにそのときの感情は
「彼氏ができたのに自分には言ってくれなかった」
 と女友達に怒るときの感情に少し似ていた。
 
 
 
 
 
 
「明日は仕事休みだし、お墓参りに行ってこようかな」
 篠子は、寝転がって漫画を読んでいる猫のような男の子に言った。
「お墓参りって、鞠矢ちゃんの?」
 篠子がお墓参りに行くというときは、鞠矢のお墓のことに決まっているのに、そうくんはいつも必ずそう聞く。
 子供の頃に亡くなった祖父のお墓に行くよりも確実に多い回数を、篠子は鞠矢の墓参りに出かけている。なにか生活や気持ちに変化があったとき、なにか自分の中で整理がつかない気持ちを抱えているとき、篠子は鞠矢の墓の前で報告するという癖もこの一年の間にできていた。中学生の頃から、ことあるごとに、なんでも鞠矢に相談してきた癖が、鞠矢が亡くなった後も続いているのかもしれなかった。
 亡くなった人を神格化しているわけではない。少なくとも篠子にそういう種の宗教観はないつもりだった。しかし、鞠矢の墓を前にしていると、鞠矢が答えを与えてくれるようで、すがすがしい気分になるのは事実だった。
 これが、鞠矢の人徳というものかな、と篠子は思っている。
 
 この世界に何も残さずに消えていった鞠矢。鞠矢の記録は何もない。二十三年間、鞠矢が存在していたことを証明する人間は、百年後にはだれもいなくなる。
 人間には、記録本能があるという。自分が生きていた証を残しておきたいという本能だ。鞠矢は日記も書かなかった。写真もほとんど撮らなかった。自分で死を選んだ人間にしては不自然なほど何も残さなかった。ただ、生前の鞠矢を知る人間の記憶のだけに残るのみだ。
 二十三歳で死んだ鞠矢の記憶はあまりにも鮮明で、篠子は死ぬまで忘れることはないだろうと思う。篠子がどんなに年を取っても、篠子の中に残る鞠矢の姿は永遠に二十三歳のままだ。それってすごいことだな、と思う。「永遠」の定義なんてわからないけれど、きっと、こういうことを「永遠」というのだろう、と篠子は思っている。
 
 鞠矢を思い出すとき、笑った鞠矢の口元には八重歯がのぞいている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 鞠矢の死んだ日は、とても暑い日だった。それでも夜になると幾分涼しくて、窓を開け放していた。電話が鳴ったとき、篠子はDVDで洋画を見ていて、そうくんは漫画を読んでいた。扇風機の音がぐーんと響いていた。
 
 電話で鞠矢の死を知らされている間、一時停止したテレビの画面を上目遣いでにらみつけていた。電話を切ったあとも、しばらく動かないテレビ画面を見ていた。その後、洋画の続きがどうなったのかを篠子は覚えていないし、それが何の映画だったのかも覚えていない。ただ、一時停止した画面の残像だけがぼんやりと残っている。
 
「篠ちゃん、どうしたの?」
 そうくんが、不思議そうに聞いた。
「鞠矢が、死んだ」
「え?」
「自殺だって」
 
 鞠矢が死んだのは自分のせいではないとはわかっていたが、鞠矢の手首に残った無数の傷を思い出した。何もできなかった自分。聞く勇気すらなかった自分。気づいていたのに、鞠矢が自傷行為をしていることに。
 鞠矢の細くて白い手首を何度も思い出した。細い金のブレスレットをいつもつけていたことも。思い出す鞠矢の顔は、笑っていた。
 
 その日、そのあと自分が何をしたのかあまり覚えていない。
「明日のお通夜のことはまた連絡します」
 と言われたので、
「黒い服あったっけ・・・」
 と思ったりしたことなど、断片的な記憶になっている。
 何度か目を覚まし、あれは夢だったのかな、とそのたびに信じたくなったが、現実だとすぐに気づき、そのたびに「なんだこれ」と思った。そうくんは、まだ起きていて小さな音でテレビゲームをしていて、その姿を見ると、なんだか少し安心した。
 篠子は、一人でなくてよかった、と心から思った。目を覚ましたときにだれかがいることを、こんなに感謝したことはなかった。働きもせずに一日何もしないでただ部屋にいる男の子の存在がこんなに頼りになるものだとはそれまで知らなかった。
 これが全部夢で、目が覚めたら全部嘘になっていますように、と子供じみた祈りを何度も繰り返した。
 
 鞠矢の墓のある寺は、郊外にあり、なかなか自然の豊かな場所にある。木がたくさんあり、夏には蝉の大合唱。土と葉っぱの匂いがする。自分の経験ではないのでよくわからないけれど、「小学生の田舎の思い出」というイメージ。
「こういうのって、鞠矢、似合わないよね」
 と墓参りについてきてくれるそうくんにいつも篠子は言う。
「鞠矢ちゃんって、蝉とか超いやがりそう」
 とそうくんも言う。
 
 お墓の前で、必ずそうくんは、二度手を大きく鳴らす。
「ねえ、それ違くない?なんか、神社かなんかと勘違いしてない?」
 とあわてて篠子は正すが、篠子にも自信がない。結局、形式的儀礼について無知なのだ。以前、そうくんは、お墓に手を合わせて願い事さえしていた。鞠矢は、人の願い事なんか聞くようなタイプじゃないよね、と思って、篠子は少し笑いそうになる。
「お墓にさー願い事とかされても困るんだよね。別に死んだからって、魔法が使えるようになるわけじゃないじゃん。マジ、なんかあの子、勘違いしてない?」
 と鞠矢だったら言いそう。
 
「なんか勘違いしてない?」は、篠子と鞠矢の間でどちらからかわからないが、ずっと前に流行って以来、口癖になっている。
 
 篠子は、いつも鞠矢に似た夏の花を持っていくのだが、鞠矢の墓には、いつも白い百合か、薄いピンクのカーネーションが置いてある。鞠矢の恋人だった島津さんという人が置いているのだ。島津さんいわく、鞠矢のイメージはそういう花らしい。わからなくもないな、と篠子は思っている。でも、ちょっと鞠矢を美化しすぎなかんじで笑える。
「なんか、あたしのこと勘違いしてない?」
 と鞠矢が向こうで言っているような気がする。
 
「島津さんってさー見た目によらずロマンチストだよねー。死んだ恋人の墓の前に花を欠かさないなんてさー」
 とそうくんは言う。
「そりゃーさ、若いのに恋人が死んだりしたら、だれだって墓の前に花ぐらい置くよ」
 と篠子は言う。
「そうくんは花も飾ってくれないの?」
 とは言えない。
 
 鞠矢のお墓参りに行った後には、その近くの喫茶店によく入る。喫茶店では、鞠矢が吸っていたメンソールの細長い煙草ペシェをなんとなくいつも吸っている。篠子は、メンソールの煙草はあまり好きではないのだが、この匂いは鞠矢といるときいつも漂っていた煙だし、ピンクのボックスも鞠矢のイメージだから、墓参りの後には鞠矢を思い出したいという、少しセンチメンタルな気分になるようだ。寺の近くの自販機でいつも一箱買って、何本か線香立てに立てて帰る。墓の前でも篠子は一本吸う。
「それ、ちょっとだめじゃない?」
とそうくんにも言われるのだが、
「鞠矢は喜ぶよ、こういうの」
 と言って、篠子はその習慣をやめない。いつも鞠矢と会うと、二人して煙草をどこでも吸っていた。灰皿はすぐに吸殻でいっぱいになった。鞠矢のペシェと、篠子のキャスターマイルド。もう、そんなことはできないのだと思うと篠子は悲しいのだ。やっぱり、鞠矢がいないと、つまらない。
 
喫茶店のテーブルの灰皿に、篠子の吸ったペシェと、そうくんのマイルドセブンがどんどん積もる。その間、篠子はあまりしゃべらない。毎日毎日鞠矢の不在を嘆き悲しんでいるわけではないのだが、やはり、時々、鞠矢が死んでしまったという事実を、悲しいなあつまらないなあ、と思うのだ。
 そんなことをそうくん相手に話しても、どうせ篠子の聞きたいような気の利いたコメントをそうくんが言ってくれるわけではないし、何を言ったって鞠矢は戻ってこないのだから、篠子は他にくだらない話をする気分にもなれず、黙っている。たまにそうくんがくだらないことを言い、篠子は適当に返事をしたり少し笑ったりする。
 別に、そうくんはそうくんだし、鞠矢は鞠矢だし、女友達と恋人は違うわけだし、そうくんに鞠矢の代わりを求めるのもおかしいのだが、やはり篠子は他のだれでもなく、鞠矢に会いたいのだった。
 
 つまらないなあ。と篠子は何度も思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 帰りに花屋をのぞくと、ピンクのかわいらしい小さなバラの鉢植えがあった。篠子はまた、「鞠矢に似ている」と思って買って帰った。
 バラの名前は「フォーエバーニューヨーク」らしい。鞠矢が聞いたら笑うだろうな、と思う。
「何がニューヨークなわけ?関係あんの?」
 と言いそうだ。
 
「ただいま」
「おかえり」
「かわいいバラだったから買ってきたよ」
「篠ちゃん、鉢植えはすぐに枯らすでしょ」
「枯らさないよ」
 窓際に鉢植えを置く。島津さんに、写メールで送ろうと思う。
「鞠矢のイメージはこれだよ!百合とかそんなんじゃないから!」
 という本文をつけて。だけど、島津さんの中での鞠矢のイメージを壊すのはかわいそうかな。
 
「ねえ、そうくん。あたしって花でいうと何?」
 寝転がって漫画を読んでいる猫のような男の子に篠子は聞く。猫のような男の子は
「うーん・・・たんぽぽ?」
 とあまり真剣に考えずに適当に答える。雑草じゃん、と篠子は思う。
「あたしが死んだら、墓の前にそのへんで摘んできたたんぽぽ供える気!?ちょっとさあ、あんた島津さん見習ったほうがいいよ?」
と、半ば怒り気味に篠子は言う。
「あと、キャスターマイルド供えてあげるから」
 と、そうくんは言う。
「あ、それ大事だよ」
 花よりも、煙草がいいな、実際。
「ねえ、そうくん。ビールも」
「任せて!」
 ていうか、こいつに任せてあたし死ねねー、と篠子は思った。
「ねービール飲もぉー」
「いいねー」
 冷蔵庫から冷えた缶ビールを二本取り出す。
「うまいねー」
「うまーい」
 幸せって、こういうことじゃん、と篠子は思う。たとえいやなことがたくさんあっても、見えない未来が不安でも、戦争とかテロとか怖くても、明日も早起きがめんどくさくても、うちの男がバカでも、生きてるって、こういうことじゃん、と思う。けっこう楽しいよ、鞠矢。あんたさ、なにも死ぬことなくね?
 
 そういえば鞠矢もビールが大好きだったな、よく一緒に飲んだな、なんて思って、篠子は酔っ払って夜空に
「鞠矢、また一緒に飲みたいね」
 と心の中で話しかける。