結局飲み会の途中で俺は抜けた。
ただでさえ、勝手に飲み会に参加してきた不審者だ。最後までいないほうがいい。
「やーなんかすみません、みなさんの飲み会に入れてもらっちゃって。今日は楽しかったですー!!
しかもごちそうになっちゃってすいませんでした~」
いたって異常に明るく振舞う必要がある。
居酒屋代は近藤さんが
「カネコウ、イケメンの分払ってあげなよ」
など言いだして、俺がカウンターで注文した伝票を金子が払うことになった。
テーブルでも散々ボトルのワインも一緒に飲ませてもらってたのに。
タダ酒飲むために一緒に飲もうとしたやつと思われたらいやだなと思った。
俺の目的は別にそれじゃないが、いまさら若いのがわあわあ断るのを言っても場がしらけるかと思い言葉に甘えた。
本来なら、高橋さんか金子の後を最後まで尾行するべきだろうが、そこまでするほどでもなかった。
この二人、不倫してない。この時点で確信していた。
中嶋さんには、駅前で待つ必要はない、なんだったら帰っててくれ後でラインするからと散々言ったのに、結局駅前でずっと待たれていた。
ラインで中嶋さんに連絡を取り、わかりやすい東口のスターバックスの前で集合した。
万が一中嶋さんと一緒にいるのを飲み会のメンバーに見られないように、駅の反対側に移動する。
道端で手短に伝えてさっさと帰ろう。
「あ、あ、坂本さん。どうでしたか?」
と不安そうな顔をしている。
「あの二人、不倫してませんよ。高橋さんはそもそも大納言あずきじゃないです」
「え」
俺は、飲み会の途中、なんか芸能人か何かの話の途中で無理やりXの話題に持って行ったのだ。やけくそな気持ちで。
そのとき、高橋さんはTwitterがXと名称を変えたことも知らなかった。
大納言あずきのアカウントのことを隠すために、わざわざそこまでする必要もないと思ったし、演技にも思えなかった。
本当に、Xなんてしていないしアカウントもないんだろう。
ちなみに牧野のハゲがその話題になると
「エェーックス!!!!くれないーに染まったこの俺をー!!!!」
と突然大きな声で熱唱してドラムを叩く真似をして滑り、女性陣がみんなツッコミを入れて怒っていた。
「アカウント隠したいだけだったらわざわざXって名前変わったこと知らないとかそこまでしないですよ。
中嶋さんどう思います?そんなことしそうですか?高橋さんは」
「そ、そ、そ、そうですよね。そんなことしな、しないと思います。
なんだ、大納言あずきじゃないんだ、うほ、うほほ」
心の底から嬉しそうに変な笑い方で中嶋さんは笑った。
「あ、ちなみに俺、一緒に飲んだんですけどね」
と接触した旨をさくっと何事でもないように報告したが、
「え、ど、どうやって?す、すごいですね。さすが探偵さんだ。
そっかー。大納言あずきじゃないんだー、あっは、お、おかしいですよね私勘違いし、しちゃって」
などずっとぶつぶつ言ってそれどころではなさそうだった。
「あと、金子さん、アプリやってるって。独身で彼女いないって。
さすがに不倫相手の前でそんなこと無邪気に笑顔で言わないでしょう。金子はシロですよ」
もう高橋さんが大納言あずきじゃない以上、金子がアプリをやってようがなんだろうが関係ないが、せっかく得た情報なので一応伝えた。
「そ、そそそ、そうだ。高橋さんどんなかんじでした?飲み会で」
「ソフトドリンク飲んでて酔ってなかったですよ。いつものかんじでした」
「そうなんだー。お酒飲んでなかったんだー。高橋さんとなんの話したんですか?」
中嶋さんは安心しきったら、追加でまだまだ高橋さん情報を聞きたそうだったが、なんだか俺は限界だった。
「すみません、明日も調査あるんで、俺、家ここから遠いんで急いで帰りますね、ごめんなさい」
と言い、一刻も早くこの場から立ち去ることに全力だった。
「なんだかタダでお願いしちゃってほ、ほんとにいいんですか?」
「いいですって!じゃ!また何かあったら連絡ください!」
と、何かあっても連絡してほしくないが社交辞令で明るく言った後、俺は駅の改札まで階段を駆け上り、一目散に来ていた電車に飛び乗った。
中嶋さんも電車で帰るだろうから、駅のホームで結局鉢合わせしたら面倒だったが幸いちょうど電車が発車するところだった。本数少ないからタイミングよかった。京成上野行き。
酔った体にダッシュが効いて、ハアハアと肩で息をした。
あー乗り換えどこで乗り換えるかわかんねえ。酔ってて頭ぐらぐらするし今スマホ見たくねえ。
つうか何も見たくない。
中嶋さんに、言いそうになって言わなかった、言えなかったことがあった。いや、言うべきじゃない。
「中嶋さん、俺、あいつ嫌いです。高橋さん」
言わなかったのは中嶋さんのため?それともどうしてか?わからない。
「そっか、大納言あずきじゃないんだ」
と嬉しそうに笑った中嶋さんを思い出していた。
俺は悔しくて仕方なかった。
不倫はしてないよ。大納言あずきじゃないよ。でも、あいつは中嶋さんが思ってるような人じゃないよ。
飲み会の途中、なんでもない会話の中で、
「え、え、え、え、あ、すすすすみません」
と突然牧野のハゲがふざけた。
あの中で一番若そうだった女性が
「ちょっと牧野さんやめてくださいよ、中嶋さんの真似するのー。似てんだけど」
と心底おかしそうに笑いながら言った。
本当におかしそうに。
俺は突然始まった中嶋さんを馬鹿にするような物まねに面食らったが、見てしまった。
高橋さんが笑っているのを。
え???笑ってる?????高橋さんが?あの高橋さんが?
「もーほんとやめてよねマキノン。ナカジマちゃん、すっごくいい子なんだから」
と近藤さんがフォローを入れたのだが、
「ご、ご、ご、ごめんなさい」
また牧野がふざけて言った。
「前から思ってたんだけどさ、近藤さん、いつもナカジマさんって言ってない?ナカシマさんだよ」
と金子が言った。
「えー。そうなの?ナカジマさんじゃないのー?ずっと間違えてたーあっはっはは」
悪意なさそうに近藤さんは笑った。
「は、は、は、はい、な、な、な、ナカシマです」
牧野はかぶせるかのようにまた真似をした。
「マキノン、しつこいよ」
と近藤さんがぷりぷりと怒って言ったが、そのとき高橋さんは笑いながら言ったのだ。
「でも、ほんとに似てるじゃない、気持ち悪くて」
おとなしそうな高橋さんの意外な言葉に、みんながどっと笑った。
「ヤバい、高橋さんが言うとなんかウケる」
など言っている人もいる。
俺は、涙がぶわっと出そうになった自分を察知して、慌てて、そろそろ行かなくてはならない旨をそれはそれは明るく、自分にできる限りの最大の明るいキャラクターを演じて伝え、ビストロタクローを後にした。
あいつ、嫌いだ。人の好さそうな顔をして、あいつ、大っ嫌いだ。
中嶋さんには言えない。言えるわけがない。
電車は都内へと向けて進んでいた。
ここどこだよ。どこで乗り換えればいいんだよ。
なんかもうどうでもよかった。
名探偵コナンに憧れて探偵になったんだよな。
俺はこんなことがしたかったのかな。
こんなことを暴くために?
難事件を解決したくて、正義感のあるヒーローになりたくて。
今の自分がわからなくなった。
なんだか俺は本当にどうでもよくなって、明日、調査に行きたくない、このまま消えてしまいたいと思って、そこに立っていることがやっとだった。
〜終わり〜
昨日から二日連続の更新となりますが、
今回で最終回になります。
お付き合いいただきありがとうございました😭