中嶋さんを駅前に戻し、一人で張り込みを開始し時刻は20時を過ぎたが・・・
18時開始だったら飲み放題コースなら2時間制でそろそろ出てくるかと思ったけど出てこない。
主婦も多いだろうから、二次会に三次会にというよりはこの店で終わらせましょうということなのか。
アラカルトで注文してるのか?
スマホでビストロタクローを調べる。ビストロという店名だが大衆向け居酒屋というかんじ。
カウンター席の他、テーブル席もあり、そんなに広くない店内だが座敷などはなく、大人数でまんじゅう工場の人が来ているかんじでもなさそうだ。おそらく仲良しメンバーで誘い合わせた飲み会だろう。
というか中嶋さん誘われてないし。オフィシャルな飲み会ではないのだろう。そうであってくれ。誘われてないのかわいそうすぎる。
中嶋さんの話では高橋さんの浮気相手も来ているらしいが、飲み会終わってから合流してホテルに行くとかなさそうじゃない?
そんな遅くまで遊びまわりそうな人には高橋さん見えなかったんだよな・・・
というか不倫とかも本当なのか?それもそんなふうには見えないけどまあそれはわからんよな。
などいろいろ考えていたら尿意が限界になってきた。さっきの居酒屋で飲んだ酒がぱんぱんに溜まってる。
明日も仕事だっていうのに、千葉でまだこんなことしていることにも疲れてるし苛立ってきた。
しんどい。
なんだかんだでさっきまでのバンドマンとの時間は俺にとって、気を遣って疲れる時間だったらしい。どっと疲れてきた。
もうどうにでもなれ!!!
俺は、ビストロタクローの入った雑居ビルの向かいのコンビニでストロングゼロのレモン350缶を買い、コンビニ前で一気に飲み干すとビルのエレベーターに乗り、ビストロタクロー店内に突進していった。ちなみにコンビニ店内には客用のトイレはなかった、それを期待していたのだが。
高橋さんの顔は前に調査で嫌というほど見ているからすぐわかる自信がある。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
「一人です」
「こちらのカウンター席はいかがでしょうか」
「あ、はい。あ、すみませんトイレどこですか!」
高橋さんの近くの席に座れたらそれもいいと思ったが店内に入った一瞬ではどこにいるのかよくわからず、そしてまず注文より先に何よりトイレに行きたかった。
店内の奥へ進み、トイレに行く途中で
「やーっだ、あっはっはっは、なにそれ、そんなことしたらすぐピーマン腐っちゃうじゃないのよお!!あはははは!」
という女性の大きな声と笑い声のするほうを見たらその8人席のテーブルの一角に高橋さんはいた。
身体が大きいからすぐわかる。
高橋さんだ。
席はわかったし、まだ帰る気配はないからとりあえずトイレだ。
トイレから戻る途中、確認するとさっきの大きな声の人が中心となり
「いやだから、赤いのパプリカなんじゃないの?あーっはっはっは」
と酔った様子で話していた。
中嶋さんの情報では、男性は、金子ともう一人おじさんの社員がいるらしい。
中嶋さんは
「金子は、ガマガエルみたいなおやじで、あと、牧野さんもいました。牧野さんはハゲだからすぐわかります」
と言っていたが、確かにハゲてるほうはすぐわかったけど、もう一人だってガマガエルなんて言われるほどじゃないし、ごくごく普通な、清潔感のある中年だ。
そもそも、パートの主婦たちが個人的に飲み会に誘うような男性社員なんだから、それなりに明るくて人気者なはずだ。
キモいおっさんなわけがない。そもそも不倫相手なんだよね?なんでガマガエルなんだよ。
なんで中嶋さんって自分は暗くて挙動不審で全然綺麗にしてないしダッサいのに、人のことはガマガエルとかハゲとかそんなふうに気軽に悪く言えるんだろうな・・・
幸い、カウンター席から、話し声が丸々聞こえるほど近いわけではないが、テーブルの様子は確認できた。
俺もグラスワインと、チーズのつまみを注文する。
やや不自然な格好で振り向き気味な格好になるので、あまりじろじろ見れないが・・・
「いや、だからパプリカには黄色もあるじゃーん!見たことないの?ほんとウケる」
金子がいじられ役で、大きな声の女性がかなり酔っぱらって金子をいじっているようだった。
金子も真っ赤な顔をしてワインをぐびぐび飲みながら笑っている。18時から飲んでなかなかみんなお酒は回っているようだ。
高橋さんは・・・
あ、あのストローは・・・
高橋さん、ソフトドリンク飲んでる・・・・
酒飲んでない・・・
調査のとき金麦買ってたけど旦那用?
しらふと思われるが、大きな声の女性の話を楽しそうにおっとりと聞いて笑っていた。
金子のほうをちらっと見てもないじゃん。
おい、中嶋さん・・・
確実なことは言えんけど、これ、このあと、どんなに張り込んでても絶対高橋さんこうちゃんと合流しないぞ。
そもそも金子のほうはかなり出来上がっており、へべれけである。
絶対に、このあとどうこうしない。俺は確信した。
店内のガヤガヤとした騒音と、さっきから金子をいじっている声の大きい女性の声ばかり聞こえてきて、一人でカウンターで飲んでいるとなんとも居心地が悪く、すべての雑音が気に障ってきた。
こちらも酔いも回っている。
ほんっとに、どうにでもなれよ。
このままだと適当に店の外で解散するだけ。中嶋さんに何か報告できないと俺がつまらない。この無駄な時間を少しでも意味のあるものにしたくなってきた。
金子がトイレに立ったのを確認して俺も席を立った。
金子は
「カネコウ、またトイレー?どんだけ飲んだらトイレ行くのよ」
とまたいじられていた。
店内に男子トイレの個室は一つ。その前で待つ。
金子の排尿音が大きい。ドアの外まで聞こえる。
トイレから出てきた金子は、ドアの前で待っていた俺を見て
「あ、どうもすみません」
と言い、ぺこっと頭を下げた。感じも全然悪くない。
よし、行け。接触する。決めた。
接触するならしらふの高橋さんでなく、酔っ払いの金子一択。こっちも酔っ払いだ。
中嶋さんに許可を得る必要もない。こっちは仕事じゃなくプライベートでやってんだ。どうしたっていい。
「あ、どうもすみません。あっちのテーブル楽しそうっすね!
女性ばっかりで華やかでうらやましいなあ。職場の方か何かですか?」
トイレの前で、おばさんばかりの飲み会を羨ましがって話しかけてくる謎の青年になっているのは自分でもわかるが、接触とは、こんなもんだ。
「先ほどからお騒がせしてどうもすみません~うるさいですよね。
そうなんです。職場の飲み会なんですよ」
真っ赤な顔をした金子はかなり酔っている。
「そうなんですか。職場もこの辺なんですか?俺初めてこの千葉中央駅って来て全然わからないし寂しく一人で飲んでたんすよ。
皆さん楽しそうでうらやましいなー。
あ、ご迷惑じゃなければ一緒に飲みません?」
めちゃくちゃ不自然な接触だし、いきなり入れてくれと言われても困るだろう。
俺だってわかるが、もう、ほんとにどうでもいいのだ。
ちなみに前にも調査でまさにこの駅に来ているから初めてじゃない。
この辺のことがわからないとか初めて来たとかのほうが話のタネになるということで、探偵社ピピットでは、接触の際の定石とされている。
なぜかはわからん。伝統芸というか、新人の頃に「初めて来た設定で話しかける」を先輩から教えられるのだ。
さすがに酔っ払いの金子も
「いいですよ!」
とは即答せずに困っている。
そのとき、先ほどの声の大きな女性が
「カネコウ、トイレなっが!なにしてんのよ」
などといって女子トイレの方から出てきた。
「あ、近藤さん。このイケメンが千葉中央初めて来たらしいんだけど、一人で寂しいから一緒に飲みたいんだって。いいかな?」
「え、うっそ。すごいイケメンじゃーん。イケメンナンパしたの?カネコウ。やるじゃーん。
いいよいいよ一緒に飲もうよー。っておばちゃんばっかりだけど、いいの?あっはっはっは」
「いえ、ナンパしたのは俺のほうっす!」
「ほんとにー?こんなおじさんナンパしてどうすんのよ」
声の大きな女性は、やはりこの飲み会の中心人物で飛び入り参加を許可する決定権もあるに違いなかった。
小池栄子似の目鼻立ちのはっきりした大味な美人で、うるさいけど悪い人ではなさそうだ。というか、なんかこの人前に退勤時調査で見たことあるかも・・・
「いこ、いこ!」
俺は、べろべろに酔った近藤さんに連れられて、高橋さんのいるテーブルに近づいて行った。
よし、もうどうにでもなれ。
俺は覚悟を決めた。
〜続く〜
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