こんなに探偵社ってブラック企業って知らなかった・・・
 というのが正直な感想だった。
 
 今の時代にそぐわない社長のパワハラはあるし、休みはほとんどない・・・

 多忙のせいだか気持ちのせいだかわからんけど、探偵なってから彼女とも別れたし。

 週に一回ほどあるかないかの休みは、日ごろの疲れもあり、寝て終わることもある。
 仕事の後のプライベートの約束は
「仕事終わってから行きますね」
 なんて言ってたら、だいたい行けない。
 そろそろ帰るかなんて事務所を出ようとしたら急に電話相談がかかってきて、電話に先輩が出たら、帰るわけにはいかない。

 前に、黒川さんが電話中に勝手に帰ったらすっごいキレられた・・・
 
 今日みたいに事前に休みが確定してる日だとプライベートの調整しやすい。

 昔よく対バンに誘ってもらっていたバンドが千葉中央駅からほど近くのライブハウス「ファブリック」でライブをやると連絡をもらった。


 そういえば、この駅、おばちゃんの調査で来たことあるなー。少しだけ土地勘がつく。

 「ファブリック」は、昔ながらのライブハウスで、狭い階段を下りた地下一階。
今は禁煙になっているけど、昔の名残で、どこかヤニ臭さやこもった空気が立ち込めている。

 売れないバンドマンのやるライブのライブハウスの雰囲気も、昔と何も変わらない。
きったない壁の薄暗いフロアに、安っぽい赤や黄色のスポットライト。すっかすかのフロアに、ほとんど対バンとかの関係者でほんの少しの客。その中に混じってる少しの色恋の客。
1オーダー制で注文する使い捨てのプラコップに入った変な味のカクテル。
普段はバイトしている売れないバンドマンが奏でるしみったれたへったくそな演奏とどこにでもあるようなラブソング。寒いMCに内輪のお情けの乾いた笑い。

 いつも同じ風景。

 若いバンドマンもいるけど、だいたい、やめどきをなくした年取ったフリーター。


 俺もこのまま年を取ってカラオケ屋のバイト続けながらこんなふうになるんだろうなって思ったとき、メンバーにバンドを抜ける相談をしていた。

 誰も引き止めなかった。曲を作るのもボーカルで、ボーカルのほうが俺よりギターも上手かったし、ギターの俺を引き留める理由なんてなかった。
 多少、俺のことを好きな女のファンが毎回来てくれてたけど数えられるほどだし、自分でLINEで個人的に連絡して呼べるような数のファンを持ってるぐらいで、メジャーにいけるわけない。

 だいたい曲だって良くなかったし、俺たちの演奏だって月並み以下。ボーカルのヴィジュアルも声も普通。
練習もたいしてしてなかったもんな。夜勤で寝不足だったり。自宅では音出せなかったり。
言い訳するのは簡単だけど、命かけて熱中してなかったんだと思う。
その時はそれなりに一生懸命にやってた気がしたけど、全然一生懸命じゃなかったと今になったら思う。


「雅人くん、打ち上げ行くっしょ」
 と大野さんに声かけられた。
 大野さんは、当時よく対バンに誘ってくれて本当によくしてくれたから、今も、ライブに声をかけてもらったらたまには行くことにしている。

 俺がバンドをやめたからって縁が切れるのは寂しい。

 人好きのする、たれ目の大野さんの持つ雰囲気が好きだ。
 曲もバンドも、売れそうにはないけど。

 他の対バンしていたバンドの人たちも含めて、安い居酒屋でみんなで安い酒を飲む。
 喫煙可能な店で。乾杯はビールで、そのあとはいつも大野さんはハイボール。俺はレモンサワー。

「雅人くんは、今はバンドやめて探偵やってるんだって」
 と大野さんが他の人に俺を紹介してくれた。

「えー!探偵なんてほんとにいるんだ。初めて見た」
「えー、探偵すごいね。例えばどんな依頼があったりするの?」
 みんな興味津々で聞いてくる。

 こういう飲みの場は嫌いじゃないし、初対面の人と話すのも苦痛ではないんだけど、さすがに何度も何度も同じ話をすると飽きてくる・・・

 そしてお決まりの質問
「なんで探偵になろうと思ったの?」

 俺の答えもいつも同じ

「名探偵コナンが好きだったんすよ」

 これはほんとの話で、子供の頃から名探偵コナンが好きだった。

 いつか俺も難事件を解決したい。
 なんて思ったけど、殺人事件などは当然民間の探偵社には担当範囲外で、ごくごく一般人の恋愛の絡んだ調査ばかりの毎日で、休みもなく一日中張り込んだり尾行したり、事務所で社長に怒られたり。

 バンド辞めて探偵なったけどつまらねえなー。

 けど、これを初対面の人に言っても余計につまらんし惨めなので、
「俺も難事件を解決してヒーローになってみたかったんすよ」
 と言った。

「さっきのあの2曲目の曲のチョーキング、すげえかっこいいっすね。音源とかあります?」
 と全然知らん人に話しかけて探偵から話題をそらしている俺がいた。

 安いチューハイや冷凍のポテトや唐揚げなどで腹をふくらませていく。

「せっかく千葉までわざわざ来てくれたんだから、雅人くんはいいって」
 と夜勤のコールセンターでバイトしててお金ないくせに大野さんは会計の時に言ってくれた。

「二次会行くっしょ、まだ時間早いし」
 の誘いは、実際この日のライブは昼からだったから飲み会が始まったのも早くて、まだ時間は早かったんだけど、なんだか、めんどくさくなってきて
「明日も調査あるんすよ。お先失礼しまーっす。今日はごちそうさまでした、またライブやるとき呼んでくださいよ」
 と先に一人だけ帰らせてもらうことにした。


 現役のバンドマン同士で話したいこともあるだろうし。俺は現役じゃなくなっちゃったんだよなあ・・・

 千葉中央駅まで、駅前の雑居ビルが立ち並んだ通りを酔った頭で歩く。
 明日の調査、いやだな。めんどくせえ。早く帰りてえな。

 視界の中に、今、なんか変なもんが入った。

 こんな夜にサングラスをして、マスクをつけて、大きなつばのついた帽子をかぶって全身真っ黒で、居酒屋やマッサージ店の入ったビルの真下で立っている挙動不審な女。

 何してんだこの人、こわ・・・と思いながらも通り過ぎたときに、その女に

「あ!!!!あ、あ、あ、ぴ、ピピットの!」
 と声を掛けられるものだからびっくりした。

「え」
「な、中嶋です!前に依頼したことあるんです、く、黒川さんの後輩の人ですよね」
「え、あ、ああ、中嶋さんですか!そうですよね。この辺の方でしたね。
びっくりしたなあ。じゃ、夜は寒いですからお気をつけて!」
 と立ち去ろうとした。やっば。

「待って!」
「え」

 震えそうな勢いでなんだか必死で急に大声で呼び止めてくるものだからまたびっくりしたよ。

「い。一万円渡すから。いや、二万で。二万渡すから。
尾行代わってもらえないですか。今。わ、私もう無理です」

「は?なんですか?え?なんすか?」

 なんかもう、怖くて逆にちょっと笑えてきた。なに?怖いんだけど。


「こ、このビルの3階の居酒屋に、今います。高橋さん。
たぶん浮気相手と」

「え、まさか中嶋さん張り込みしてるんですか?ちょ、ほんとやめてくださいよ。
そんな怪しい格好でしかも、顔見知りでしょ。ダメですって!
だいたい、このビルの出入り口って、こっちだけでしょ?
そんな真ん前で立ってたらだめですよ!出てきたらすぐに目に入って、
バレますよ。なんすかそのサングラス、めっちゃ怪しいんですけど。
ちょっとこっち来て!」

 とりあえず、ビルの真ん前に立っているのはまずすぎるから、反対側の道にあるコンビニ前に呼ぶ。
ここからでも見えるだろ!素人はこれだから!

「もういや!!!ほんとに怖いです。もういや!!!
私バレたらどうしようって思って怖くて怖くて。ああ、来てくれてよかったです」
「いやいや、なんですかほんとに。
え、ていうか、なんですか、もう出てきそうなんですか?
だったらヤバくないですか?」
「えっと、六時からこの店予約して入っていったのは見たんです。何時までかわからないです」
「んー。じゃあ、まだ出てこないんじゃないですか」

 とりあえず、なんなのか全然わからないので、少し話を聞くか。まだ出てこなそうだし。
このままこの人を一人残して置いておけない気がする。危なすぎる。


 つまりは、高橋さんのツイートで不倫相手とされる「こうちゃん」との飲み会が週末にあるとは知っていたが、昼休みにたまたま声の大きな人の
「金曜の飲み会さー、ビストロタクローだったよねー。あの千葉中央駅んとこの。18時からでいいんだよね」
「カネコウも残業なければ、18時半には来れるって」
 というような会話を聞き、週末の飲み会は職場のものであることを知り、また、まんじゅう工場の上司の金子が一部のパートからカネコウと呼ばれていること、そして、下の名前が幸治(こうじ)であることに気づいたそうだ。

「ま、まさか金子がほんとにこうちゃんなんでしょうか?」
「え、俺に言われてもわかんないですよそんなの」
「もう私無理です。二万渡すから代わってください。バレたら私死んじゃいます!」
「え、ちょっと、その二万って本気で言ってんですか?そんなこと社長にバレたらぶっ殺されますよ俺。
黒川さんだって怖いんですよ!
無理ですって」
 
 挙動不審でおとなしそうなのに、こういう人の変な時の変な勢い、マジで怖い。


「お願いです!!絶対会社に言いませんから!もう、私このままじゃどうにかなりそうです」

 すでにどうにかなってんじゃねえか。なんで一人で張り込みしてんだよ。こわ。

「二万!いや三万でどうですか!」
「ちょっと、やめてくださいよ!あああああ、もう!!!」

 酔いが一気に頭に回ってくるみたいだ。なんだか、ぐるぐるするのに、もっと飲みたい。コンビニでこのままストロング買って道で飲んでやろうか・・・

「わかりましたよ!でも、お金はもらえません!
そうだ。中嶋さん、俺の友達になってください。
これは友達からの個人的な依頼。ピピットとは関係ないです。
だからお金ももらえないし、ピピットにはこのこと言わないでください。
あと、俺、あんまり尾行得意じゃないですよ実は。バレても知らないですからね!
そのときでも、中嶋さんのことは絶対に口割りませんけど」

「え、え、ほんとですか。ほんとにやってくれるんですか」
 サングラスをつけた中嶋さんから、ぱぁあっと一瞬なにか散ったように見えた。
漫画だったら、なにかキラキラしたものとか、花とか。

 なんだか、俺も、ヒーローになった気がした。

「坂本さん。かっこいいですね」
「え、そっすか?」
  
 テンションの上がっている中嶋さんは付け加えた。

「あ、だ、大丈夫ですよ。イケメンだと思ったから言っただけですけど、全然私の好みじゃないんで、絶対好きにならないから心配しないでください」

 俺は噴き出してしまった。

 知ってる。高橋さんが好きなんですよね。

「とりあえずサングラスとって、駅前のスタバか何かにいてくださいよ。あとで報告しますから。LINEあります?」

たびたび黒川さんから
「坂本くんはもう帰っていいよ」
と帰らされていた新人時代を思い出した。邪魔でしかない・・・

〜続く〜


お気付きかもしれないが、小説に出して欲しい名前のリクエストが金子ぐらいしかなかったため、名前のネタがなく、仕方なしにとりあえず大野を登場させている。