これは、私のブログ”ヒターノの友達 1”の続編になるのだけど。
もうひとり、知り合いのヒターノがいる。彼はちなみにカンタオール(歌い手)である。
彼は、ヒターナの友達に比べると、いわゆる私のヒターノのイメージに近い。
まず、本番前のリハーサルをしない。したとしても、本番では全く違うことをするので無意味だ。
一応本番前の数時間前に、その場所に到着はしてるのだけど、せっかく時間が余ってるのだから合わせの一つでもするのかと思いきや本番までひたすら飲み続ける。飲んで歌ったほうが気分も盛り上がるのだろうからいいのだろうけどね。
でも、この知り合いも排他的ではない。
「僕はさ、フラメンコ一族に生まれた。だから、フラメンコを歌っているけれど、もしもフラメンコ一族の出身じゃなかったら、きっと歌っていなかったと思う。まして外国人だったら絶対に歌っていない。
でも、君たちは、日本人なのに、フラメンコをやってこうして遠いスペインに来てそれを得ようとしている。ものすごい情熱だと思う。情熱だけでここまでくるのだから、だから、そこまで出来るんだよね。
僕はたくさん踊りを見てきたけれど、君よりいい踊りをする人もいるけれど、君より踊れない人たちもたくさん見てきた。これは君たちにとってフェアじゃないなあと思うのと同時に、スペイン人でスペインにいるのに何をやっているんだと思うときもある。でも結局は情熱の問題なんだよね。
その情熱が結局フラメンコなんだと思う。」
と。
こんな風に言ってくるとは思わなかった。
私の尊敬する師匠であり、踊り手のひとりに”ウイニー(メルセデス・アマジャ)”がいる。
彼女は名門、アマジャ一家の出身であり、フラメンコ歴史の筆頭にあがるカルメン・アマジャの姪でもある。彼女の踊りの素晴らしさは、言葉では言い表せない。もう、舞台に上がった瞬間から、放つオーラが違うし、そのリズム感、踊り、空気、全てがそれこそ血以外の何者でもないと感じさせられる。
その彼女に習ったとき、何度やっても彼女のようにはできなくて、たった一つの音でさえ雲泥の差があることを思い知らされて落ち込んでいる私に言った。
「練習あるのみよ。技術が全てです。」
・・・・頼む!!!血だと言ってくれ!!!!!
パジョには日本人には逆立ちしたって、フラメンコは踊れないと言ってくれ!!!
その方がどんなに楽か。。と思った程だ。
このウイニーが言ったことと、上記のカンタオールが言ったことは同じことのように思う。
そして、ヒターノは排他的だとかそんな風なイメージを持っていたことが間違いだったと今更ながら思う。
少なくても、私が知っているパジョや外国人より、よっぽどシビアでフェアのように思う。
フラメンコは伝統文化で、その中心にいるとも言えるヒターノ達と付き合いが増えていくにつれ、閉鎖的に思っていたフラメンコの世界が中心から開かれているんだと。。。むしろ中心にいけばいくほど開かれているんだなあと気がつかされた。
まあ、でもヒターノ達との舞台はやっぱり覚悟がいるんだけどね。その場で作り上げる生のフラメンコに近いから、即興性が強いし、これに対応できないと立ち往生・・・・
でもきっと、情熱と技術で彼らの血と混じり合える。