♀へ性転換実話
大丈夫。
力をぬいて――……
……――ゆっくりと、
深呼吸をしてごらん、と。
わたしはそのひとの言葉だけがたよりで、
息もたおやかに、はききってゆく。
そして腹が、息の底をついた、
ちょうどそのとき。
あれは灼熱のようだった。
そしてどうじに、優してぬるい、
温泉や、お湯につかったようでもあった。
わたしの下腹をうちがわから
ぎゅううぎゅうと、あっぱくするように
このひとのありのままの性が、
わたしに否応なしにめりこんで、
削って。
そしてわたしのうちがわを、
さらにさらにと、おし上げながら、
ぐいぐいと
巻き込んでくるのがわかった。
わたしはおもわず、
んんっと声がしぼられて、
反射的に、
涙がついっと流れたのがふしぎだったと
いまでもおもう。
痛いのか？
嫌なのか？ などと
たずねられたと、おもう。
けれど、それになんと答えたのかは、
おもいだせない。
とかく。おぼえているのは、
哺乳類として
息をもつ、体温をもつ、
十数年と生きた動物として
あたりまえにそのひとの生の肌に、
からだを一ミリもはなさないように、
胸と胸とをはなさないようにと
だきついたこと。
そして指がかってに、彼の背に爪をたてて、
理性のとんだ、からだだけが閃光してゆくなかで
声のリズムを
とめることができなかったこと、だけ。
そのときわたしは
このなまえもしらない、男の首すじを噛んだ。
じんわりと汗のういた首に、
鼻を押しあてて、匂いを嗅いだ。
それは初めて嗅いだ、匂いだった。
それが人間の、哺乳類の、
男という生物の
匂いだった。
以来、わたしはいまも、日常の
めぐりあう人々とのなかで、
たんに人との相性をはかるのなら
自然と、その人の匂いのよしあしを
きにするようになってしまっている。
それはフレグランスやパヒューム、
あるいは香るための
あとづけの匂いじゃない。
そのひとが哺乳類たる、
哺乳類としての、
動物的に放つ、生の匂いをもとめる。
でもね。
はじめての、
みずしらずの男が
教えてくれたことを
それを流ちょうに、いまも
守っているなんて
わたしはなんて
馬鹿なのだろうともおもう。
美化されたはずのおもいでが、
こんなにも身の近くにあって
息をひそめているなんて。
手にもっているなんて。
もう大人なのにな、わたし。
でもそれくらいに、
いまだって
鼻腔にのこってきえてくれない
そういう匂いでもあったのだとおもう。
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