私のスピリチュアル歴史について書いています

 

神道には開祖はいません。もともと「惟神(かんながら)の道」といい、「神の道にしたがうこと」「自然と神の道」の意味です。

※御嶽山御嶽神明社ホームページより

 

 

私の惟神の道は

椎間板ヘルニア手術後から始まった。

→人生を振り返って~手術

 

【2007年】48歳

 

9月1日2日

夫と

「越中八尾おわら風の盆」(バスツアー)

に行った。

魅かれたのは「胡弓」

物悲しい音、幻想的な踊り、歌と一緒に街中を練り歩く幽遠な風景飛び出すハート

<ヘルニアの傷みで寝込んでたころ、「自分って何だろう」と思い、昔から魅かれるものを書いた。そこから見えたのは「ジプシー」。私はバイオリン担当。演奏中は元気はつらつだが、私たちは居場所がない追われる身、街から街に流れる流浪の民。そんなイメージが湧いた。「風の盆」はそのイメージと重なった>

 

10月6日7日

娘と軽井沢と戸隠に行った。

軽井沢では諏訪神社

戸隠では

戸隠神社(宝光社・中社・奥社)に行った。

宿泊先の宿坊(中社・高山坊)では、

白い服を着た主から

「ご挨拶に行きましたか?」と聞かれた。

初めての地を訪れたときは、

その土地の氏神様へご挨拶に行く

ということを初めて知った。

 

10月11日

当時の仕事に月1回書類を届ける外出があった。途中、勤務していた土地の神社「王子神社」を見つけ、宿坊主の言葉を思い出し参拝した(それまで1年半何度も通ったが気づかなかった)。ここを皮切りに十社巡りをし、最後の参拝は4月2日「品川神社」

10月13日「神田明神」「根津神社」「湯島神社」

12月1日「氷川神社」「日枝神社」

3月16日「富岡八幡宮」「芝大神宮」「白山神社」

 

その前の2月22日

私は京都1人旅をした。

→記憶の旅~京都ひとり旅

下賀茂神社、松尾大社、東本願寺

そして祖父の思い出の地へ

神社のように拝むつもりで行ったのに神社がなかった。

よく知らない私は受付の男性に聞いた

→記憶の旅~不思議な一日

 

※当時の「10月11日記録」より

夜いつものように寝ていたら、今度は右手をトントンとたたかれた起こされた。誰かなあ?もう一人の私? 前は「起きなさい」の声。

 

3月退職し一応市に戻る(親と同居)