この春、大学を出て、
東京へ、一人で就職で出ていくという孫。
その背中を見送る私は、
誇らしさと同じくらいの不安を大きな抱えている。
「何とかなるよ」と笑う顔は頼もしい。
けれど私の胸の内では、
家賃は大丈夫か、仕事は続くのか、食べることは、
体を壊さないかと心配が次々に浮かぶ。
私たちの世代にとって、
東京は挑戦の場所であると同時に、
のみ込まれかねない大きな街た。
だからこそ、備え、構え、
慎重に歩むことを良しとしてきた。
けれど孫は、地図よりもスマートフォンを信じ、
人脈よりも自分の感覚を頼りにしているように見える。
失敗してもやり直せる、
と本気で思っている。
その思いは、
無鉄砲にも見えるが、
時代が、後押ししている強さなのか?
それでいいのか、と問いながら、
結局は願っている。
「どうか、転んでも立ち上がれますように」と。
「何とかなる」と言える若さを、
少しだけ信じてみようと思う。
心配するのが私の役目なら、
挑むのはあの子自身だから。







