覚書 子どもを愛するって? | おっかぁブログ

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子供5人、孫4人、増え続ける家族との楽しい日々…
好奇心旺盛でじっとしていられない、おばあの人生の楽しみ方。
私のブログは備忘録兼日記代わりでーす♪

うにの日向ぼっこ♥️
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これから行ってきまーす(^-^)/
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で、行ってきた感想を直ぐにでもまとめようとしたのですが…


内容の濃い、どれもこれも為になるお話しばかりで、それを文章にするとなると…
私には苦手な分野であります(;^_^A


全部はとても無理なので、私自身が陥りやすい、肝に命じておかなきゃなと思う事だけ、私の子供たちにも親として知っておいて欲しい事を、覚え書きとしてのこしたいと思います。



まぼろしの子供像

我が子の事が解らない、我が子を知りたい、確認したい、親なんだから!という強迫観念からストレスを抱えている親(特に母親)が非常に多い。

そして、目の前にいる我が子とは全く違う、まるでスーパースターのような、頭の中で勝手に創り上げた、あるべき子供像(まぼろしの子供像)が心の中に住み着いている。

我が子が今もっているものを喜ぶ前に、もっていないものばかりを探して不平不満を抱いてしまう。
親は、あらゆる情報やシステムによって「何でうちの子は…」と、いつの間にか我が子を追い詰めてしまっている。

まぼろしは一つしかない
成長途中のたったひとつしかない個をもって生まれてきた我が子、比較しようのない個なのに、そのまぼろしと比較して否定されてしまう。
他人ならともかく、これを親にやられてしまうと、子供にはとても辛い事。

それでも子どもは、親の期待に応えたくて必死に親の理想に寄り添います。
けれども、それが長く続けば続くほど、子どもは疲れていってしまいます。

良い子で生きていこうとする事(できもしない幻)から、やめた!と降りていける子供はまだ良いのだけど、それができない子供が時に事件を起こしてしまう。
あなたはあなたと認めてもらえず、自己否定(子供にとっては自殺と同じ事)してしまうのです。



【まぼろしの子供が自分の中にいるかどうか客観的に調べる方法。】

白い紙を縦半分に折り、左半分に我が子の一日を追いながら、イラッとした不満事を書いていく。

そのあと少し時間をおいて、右側に左に書いたものの真逆の事を書いていく。

左のイライラする子供と、右の理想の子供。

さてそれを比較して、右側総てを兼ね備えた子供が存在するのでしょうか?
それがまぼろしの子供像です。

それを我が子に押し付けていませんか?




私は…
はっ!としました!

歳が離れて生まれてきた末っ子には、これがいかに多かったか…
5人も産み育てていても、目から鱗でしたよ。

もっともっと目の前の子供の良いところを
見つけて喜ばなきゃ!と反省です(;^_^A



そして思ったの。
「まぼろしの子供像」もそうだけど、
「まぼろしの家族像」「まぼろしの夫像」「まぼろしの母親像」…などなどいろんなまぼろしに囚われ過ぎてませんか?てね。


客観的に、自分を見つめ直す良い機会になりました。





教育ジャーナリスト、元新聞記者という視点から、このところの子供達が起こしてしまった犯罪を例にあげ、その根っこの部分を分かりやすくお話ししてくださいました。
他にも、いじめや虐待など、子供を取り巻く問題もお話ししていただきました。
小さなお子さんを連れたママ達が多く参加してくれていたのが嬉しかったな(^ ^)
みんないろいろ悩みながら子育てしているのですよね。
悩み事を親身になって聴いてくれて、少しは肩の力が抜けたママ達もいたのではないでしょうか?
こういう場や機会がもっともっと広がっていってくれたらなぁと思いました。




質問コメントされても難しい問題だし、私の覚え書きなので、コメント欄は閉じさせていただきますm(_ _)m