一関インターを降りてから、一般道を走り、山あり谷ありの道のりでしたが、舗装は所々で工事中があったものの、普通に走る事ができました。
瓦屋根は、あちらこちらでブルーシートが掛けられていたり、倒壊している建物、崩れた斜面など、地震の爪跡が
見られました。
沿岸へ出た時に遠くに見えた景色は、湾一帯が瓦礫と化している街並でした。
その様な光景が、一ヶ所だけで無く、長い道のりの中で次々と現れて来ます。
新聞や雑誌、テレビに映されるまさに、あの光景がそこにありました。
先を急ぐので、近くまで行く事が出来ませんでしたが、予想を上回る惨状でした。
余りにスケールが違い過ぎます。
午後4:30やっと大船渡の高校へ到着。
陸前高田に在った県立高田高校は、避難場所だったのにも関わらず、三階建ての校舎をすっぽり津波が飲み込み、
被災しました。
今は大船渡の高校を仮り校舎にしています。
先生の話では、生徒22人が犠牲になり、36人の生徒が親を失ったと言います。
校庭では、元気に部活に励む生徒を見ていると、普通の高校と変わらない様に感じるのですが、皆、傷付いているのです。
調理実習用に、足らないかも知れませんが、食器や調理道具を届けられて良かったです。
午後5:00に高校を後にし、これで支援物資を全て渡し終えました。
予定通りに明るいうちに完了しました。
この後は、私の大切な方々へ陣中見舞いだけです。
つづく
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