『Tangos, el exilio de Gardel(ガルデルの亡命)』 は、フェルナンド・“ピノ”・ソラナス監督が1985年に発表した、アルゼンチンとフランスの合作映画だ。
舞台は、軍事独裁政権下のアルゼンチンを逃れ、多くの亡命者が暮らしていた冬のパリ。故郷を離れて生きるアルゼンチン人たちが、タンゴを軸に、音楽、踊り、演劇を組み合わせた「タンゲディア(Tanguedia)」と呼ばれる舞台作品をつくろうとする。
しかし、これは単に舞台の完成を目指す人々の物語ではない。異国での生活、家族のすれ違い、祖国への郷愁、帰りたくても帰れない苦しみ、そして「自分の国とはいったい何なのか」という問いが、現実と幻想、悲しみとユーモアの入り交じる独特の映像で描かれていく。
タイトルに名を冠するカルロス・ガルデルは、アルゼンチンの国民的英雄ともいえるタンゴ歌手だ。しかし、物語の主人公というよりも、亡命者たちが心の中に抱き続けるアルゼンチン、そして失われた故郷の象徴として現れる。タンゴが単なる背景音楽として使われるのではなく、人々の記憶や痛み、希望そのものとなって映画を動かしている作品だ。
史実を少し補足すると、当時のアルゼンチンでは、1976年から1983年まで軍事独裁政権が続き、弾圧や迫害を逃れて多くの人々が国外へ亡命した。この背景を知らずに見ると、登場人物たちがなぜパリにいるのか、なぜ祖国への思いがあれほど切実なのか、また、現実と幻想が入り交じる表現が何を意味するのか、かなりつかみにくい映画だと思う。
私がこの映画を初めて見たのは、今からおよそ40年前。当時の私は、アルゼンチンの歴史についてほとんど何も知らなかった。タンゴに惹かれながらも、映画の中で繰り返される「亡命」や「祖国」という言葉が、登場人物たちにとってどれほど切実なものなのか、十分には理解できていなかったと思う。現実なのか幻想なのかもわからない場面が続き、正直なところ、理解に苦しんだ記憶がある。
それから40年。アルゼンチンで長い年月を暮らし、その歴史や人々の記憶に触れたあとで見直してみると、同じ映画がまったく違って見えた。
現代の日本に生きる私たちには、当時の軍事政権下で人々が味わった恐怖や悲しみを、実感として理解することはなかなか難しいと思う。
人々の声は抑圧され、発言や行動に反政府的な傾向があると見なされれば、自宅であろうと路上であろうと、所かまわず連行された。秘密裏に拘禁され、拷問や殺害を受け、そのまま行方がわからなくなった人も数多くいた。
強制失踪させられた息子や娘たちの行方を求め、母親たちが結成した人権団体「Madres de Plaza de Mayo(五月広場の母たち)」は、よく知られている。
私は、実際にその被害を受け、深い傷を抱えて生きる友人たちと接してきた。シカゴでは、当時アメリカへ亡命した人から、その体験を直接聞いたこともある。その傷の深さは、外からは容易に想像できないものだ。
アルゼンチンのそうした悲しい歴史は、今も社会のところどころに影を落としているように思う。
しかし、アルゼンチンの姿はそれだけではない。
太陽が輝くブエノスアイレス。生き生きとした若い世代。経済的な困難が続くなかでも、明るく生きようとする人々。そして、家族や友人を何よりも大切にする文化がある。
ブエノスアイレスの人々は、気取り屋で、お調子者。足早に街を歩いていたかと思えば、道でばったり会った友人とカフェに入り、2時間も3時間もしゃべり続ける。人なつっこく、自由で、アドリブが得意。30年間暮らした私の印象だ。
映画には、若者たちがラジカセから流れる音楽に合わせ、路上で踊る場面が何度か登場する。
留学時代、私も一緒に練習していた仲間たちと、公園でストリートタンゴを踊った。そのため、この場面には肌感覚で共鳴するものがある。ただただ踊りたい、表現したい――あの自由な感覚は、本当に素晴らしいものだった。
映画のオリジナル・サウンドトラック「Tangos de Papel」には、亡命者たちの思いを象徴するような一節がある。
タンゴ、タンゴ、紙きれのタンゴ
タンゴを踊れ、肌で踊れ
タンゴ、タンゴ、根をもつタンゴ
タンゴを踊れ、祖国のタンゴを
――映画『Tangos, el exilio de Gardel』オリジナル・サウンドトラック「Tangos de Papel」より(筆者訳)
この歌が求めているのは、誰もが尊重され、自分の意見をもち、自分らしく生きられる国だ。物乞いをせずに働くことができ、生きるために尊厳を手放さなくてもよい国。そして、抑圧するのではなく、笑うことを学び、ユーモアを失わない国。素朴な言葉で歌われるその願いは、軍事独裁と亡命を経験した人々の、切実な祈りのように響く。
タンゴを踊っている人には、踊りや音楽だけでなく、その背後にあるアルゼンチンの歴史や、人々が育んできた文化にも、ぜひ触れてほしいと思う。


