9月7日

最新の写真を使う予定でしたが、

ディスクを食いまくるPhotoshopが立ち上がらないので

 

残念ですが、データの軽い2018年のものにしました。

iPhone4なので、写りが悪くてすいません。

 

iPhone買い換えたばかりなのでどうしよう。

 

震災でできた「震生湖」を見たことで、この日の

ミッションはコンプリートでした。

 

この回の続きです

https://ameblo.jp/mikimoto07/entry-12819259579.html

 

だけど、時間が押してた割に早かったので、

震災により大惨事が起きた根府川駅にも

 

久々に行ってみようと。小田原まで出れば近いし、

薄曇りがかかっているとはいえ、天気もよかったので。

根府川駅の駅と列車の転落事故は、この駅の景観が素晴らしい

ことと一緒に、過去の出来事として知りました。

 

以前は「鉄」な人向け以外は駅の歴史なので

知られてませんでしたが、ググったら一般向け

 

サイトにも出るようになってました。

 

 

この駅には2018年に降りていますが、再び足を運ぼうと

思ったのは、関東大震災100年の企画で

 

いつも聴いてるFM番組のパーソナリティーが

ダイビングのライセンスを持ってて、

 

沈んでる駅の遺構を中継したので。

 

近くのダイビングショップで限定ツアーで

見に行けるそうで。(もちろんライセンス必須)

 

 

実際に潜って様子を話してたので、

なかなかLiveな感じがしました。

 

下に広がる青い海の底に100年の間にバラバラになり、

魚の家になって残っていたのには驚きました。

 

駅は標高約51m、遺構が沈んでいるのは水深10m

くらいと言ってました。石垣や長い鉄棒があったと。

大正12年当時はまだ丹那トンネルは開通しておらず、

東海道本線は御殿場回りでした。

 

丹那トンネル開通によって、現在の東海道本線となる

このルートは「熱海線」という単線の路線で

 

ここ、根府川ですれ違うダイヤだったそう。

 

 

まだ建設技術がそんなに高くなかったのに、

駅を出てすぐの巨大鉄橋「根府川鉄橋」を造ったのでしょうか。

鉄橋の下まで降りてましたが、草がすごくて

旧橋梁の土台があるかわかりませんでした。

ちなみにこの鉄橋「風が吹けば止まる」弱点が

ありましたが、風避けをつけて運転規制がほぼ

 

なくなりました。その代わり高い鉄橋を渡る列車が

見えなくなりましたが。

 

ここが弱点なのは海岸線ということと、

渡っている白糸川の谷が吹きおろす風の通り道だからとか。

地震の時、この白糸川の谷と根府川は地盤もろとも

一気に土石流で崩れたそうです。

 

おりしも雨が降っていたこともあり、

まるで底から滑り落ちるように。不幸にしてすれ違いのために

 

停まってた列車もろとも駅は海に落ちたそうで。

これによって死者、行方不明者120人弱の大惨事と

 

なったのでした。

悲劇なのは犠牲者で遺体が発見されたのは五人。

 

100人以上の犠牲者が海底に埋まっているのでしょうか。

 

地震で起きた惨事なので、天災と思われていました。

また苦手な地学の話。このあたりの崖は固い地盤の上に

 

火山灰の柔らかい土が乗っかってる地質らしいです。

根府川駅が崩れたのは、その柔らかい地盤の上だったという説が。

 

そして研究により、人災の面もあったという説も。

柔らかい地盤を削って平らなとこを作り駅を造ったので、

 

これでもかっていうくらいの「土止め」が

必要な不安定な地盤だったのですが、技術的に

 

そこまで頑丈な固定はできなかったのでしょう。

最近熱海で起きた地滑りと似た災害の形ではと。

 

 

今、残ってる遺構は出入り口の横にある慰霊碑が

一番わかりやすいでしょう。

それと、山側に使われてないホーム跡があります。

そこが1番乗り場の残った跡ではないかといわれてます。

 

この惨事を後世に伝えるためなのか、1番乗り場は

欠番になってます。

そんな大惨事があった場所とは思えないほど、天気がよければ

青い海をはじめとした静かで景色のいいところです。

 

まあ、たまに観光バスがきますが。

 

意外と小田原の人でも知らなかったりします。

20分くらいでこんなキレイなとこあるのって。

 

この日は休日とあって帰りハイカーらしき人が多かったですが。

 

ちなみに往復JRを使えば、18きっぷ1枚分の元が取れます。

 

 

関東大震災(正確には大正関東地震というらしい)でも

地殻変動が確認されました。

(例・熊本地震は地面が5mずれた)

 

 

房総半島の先の岩場に隆起した場所が

あるみたいですが、多分行ってもわからないので

 

こちらは写真を見るだけにしました。

遺構一覧表みたいなのがネットにありましたが、

 

やっぱり慰霊碑や写真ばかりでした。

「形」として残ってるのは研究や調査でわかった

 

比較的新しいもの以外はないようです。

 

 

また何か興味深いものがあったら行ってみましょう。

 

 

関東大震災遺構シリーズを終わります。