4月25日

 

前回のタイトルはある有名ドラマのセリフを

かなりもじったものです。わかった人は昭和世代。

 

 

更新しないでいたらpv数が激減。

まじめに更新します。

 

温存してあった試験に出ない昭和史です。

どっちかといえば「鉄」向きかも。

 

 

敗戦後、鉄道省がなくなり公共企業体として

発足してすぐの「国鉄の3大謎事件」の一つ「下山事件」です。

 

 

1949年7月5日、国鉄総裁の下山定則氏が出勤途中に失踪、

罭6日未明に轢死体となって発見された事件です。

 

 

詳しくは↓

https://ja.wikipedia.org/wiki/下山事件

 

 

例によって未解決事件となり、真相は闇の中の葬られてしまいました。

人員整理がらみなど諸説ありますが、これも暗黒面の力があったのでしょう。

 

 

そんな下山事件現場のいい資料を拾ったので、

見に行ってみることにしました。

場所は前に歩いたことのある小菅です。

4年ぶりですが、ほとんど変わってませんでした。

 

小菅といえば東京拘置所の巨大な建物が

ひときわ目立ちますが、撮影禁止と大書してあります。

 

 

ほとんどドブだった周りの水路が以前よりも

キレイになってて、親水公園になってました。

 

 

その小菅の拘置所前から北にいくと

常磐線のガードの手前の目立たないところに

 

追悼碑がありました。

今、事件の遺構になるものはこれくらいしかありません。

 

この碑は常磐線の改良と線増の時にこの場所に

うつされたようです。

 

目的の常磐線の事件現場は東武伊勢崎線と交差する

ところの近くで線路に沿って資料の場所へ歩きました。

 

 

しかし、事件現場らしき場所には行けましたが、

常磐線が高架になっているのと、場所を示すものが

 

何もないので「どうもここらしい」で

終わってしまいました。

 

終戦後の混乱期の事件はどれもそうですが、

深い暗黒面の力によって真相は闇に埋もれて

 

しまっていると思います。

 

 

全然DIGることができないのであっけなく

終わってしまいました。

 

なので、全然違いますが以前取材にいって満足な

結果を得られなかった別件を見に湾岸に向かいました。

 

 

そんなわけでオプション。

以前は雨の上、近くまで行けなかったイグアナクレーン。

東京都港湾線跡。

マンションの中に意図的に残したように見えます。

 

 

後日、戦後国鉄3大謎事件の2つめ、

三鷹事件の現場に行ってみました。

 

太宰治が玉川上水にダイブした場所の近くです。

 

 

3つめの松川事件は福島の松川駅の近く。

場所柄遠征になるので機会を作って出かけてみたいです。

 

 

下山事件に関しては、たくさん考察の本が出ています。

ミステリー好きな人にはおすすめかも。