バタバタしてさぼってました。
その間になんと帰国してしまいました…。

色々書きたいことあったのに!!
帰国前2週間、忙しすぎた。
夢のように美しかったクロアチア旅行とか、色々大変だった出発前の準備とか、
仲の良かった子たちとの涙涙のお別れとかを過ぎて、
フランソワと4日間フランスを巡りながらパリを目指す旅に出発。
Dijon、Orleanへ行きその次のVersailleでJBと合流。
わざわざお別れのために突然リヨンからパリに来ることを決めてくれた。
それからParis観光。やっぱりパリ綺麗。
散々汚いとか言ってごめん…魅力的な街である。色々見てなかっただけ。
モンマルトルよかったなあ。
それからCDGから…勿論空港で号泣してお別れ。
色々問題があって飛行機に乗り遅れそうになって焦った。
ヘルシンキから乗り継いで日本へ。現在自宅。
家のドアが全てすごく小さく感じる不思議。
着いたときほんとに日本の景観って残念やなって思った。
それと同時に安全だし清潔だし皆ニコニコしててすごいなっても思った。
とにかく家族と再会できたのは嬉しい。

今もちょっと色々忙しいのでとりあえずまた。
時間見つけたらこっそり旅行の詳細とか書き足します。

Au revoir !
昨日、日本人と日本語科の子で最後に集まろうってことで
ピクニックを企画して開いてみた。
残念なことに仲のいい日本人はほとんど旅行中とかで、フランス人も半分以上知らない人だった!笑
お別れ会じゃなくて初めまして会みたいになっちゃったけど、それでもすごく楽しかった。

リヨンの違う大学に留学してる(きたばっかり)日本人や日本にもうすぐ留学するフランス人とも知り合えた。
神戸に今秋に留学にくるマリナ(日本名だけどフランス人!)と仲良くなって、日本で会おうね~なんて約束をした。
その子に、「私が日本から帰る時には、みきが到達したフランス語のレベルと同じ位のレベルの日本語に到達したい」って言われてすごく嬉しかった><
あんなに喋れなかったのに、頑張ってここまで喋れるようになった甲斐があったなーと思ったよ。
まだまだだとは思うけど、ほんとに下手だったらこんなこと言ってもらえないもんね。

地理で仲良くしてたアナベルも来てくれて、色々喋って、会う前にもう1回位会おうねーって言う話になった。彼女も今年の夏に日本に遊びにくる!^^

それから、これまでには2回位しか会ったことがなかったカンタンという日本語がうまいフランス人の男の子と最近仲良くなった。
この子は例の、前回の日記に書いた戸籍が女になってた子!笑
彼も来年日本にきて、1年勉強した後日本で仕事を探すつもり。

日本語科の子たちだから当たり前だけど、こんな小さな遠いとこにある島国を好きになって働こうと思ってくれるってすごいよね。
ヨーロッパで働く、とかそういうのは分かるけど、英語フランス語スペイン語、あと中国語とかなら色んなとこでも使えるけど、「日本」ってめっちゃピンポイントじゃない??
なんか面白いなあ。


そして夜は台湾人の親友Shirley(インシン)と久々の再会。
彼女の家でまったり語り合う。
結構真剣に色んなことを話した。
台湾では日本人が本当に好かれていて中国人はものすごく嫌われてるだとか、
おたがいの政治の話、日本台湾中国韓国の関係だとか…色々。興味深かった。
それから彼女はマスター(大学院)をやっているんだけど、
それについても色々話を聞いた。
フランスでもちょっとそうなんだけど、台湾でも、「修士まで持ってないと就職は難しい」らしい。
ちなみにフランスは「大卒は使えない、専門学校か、そうじゃないなら修士以上」って感じ。
今までずっと「文系で目的もないのに修士までやるのはお金と時間がかかるだけで親不孝かな…」って思っていたけど
台湾だと「修士までやらないと稼ぎが悪いから親不孝」だとか…。
考え方の違いに驚いた。
それから、うちの大学の修士は、1年間で400ユーロ(4~5万ぐらい)。安い!
そして半分研究で半分インターンとかそういうのも選べて結構いいみたい。
ただすごく大変らしいけど…。
今彼女はフランスの某パソコンメーカーで購買担当のインターンをしてて、
中国の会社と電話取引 in 中国語、文書作成etc in 英語、通訳&他の仕事 in フランス語で毎日三カ国語で頑張ってるって。
言葉は大変じゃないけど電話取引で数字のミスができないのがすごくストレスだって言ってた。
フランスのインターンは給料を出すのが義務らしくて、勉強しながら少し稼げるからいいそう。
社員は皆すごく真面目で頑張っているのに対し、他のインターン生たちは中国語はおろか英語も出来ずあんまり働かないと愚痴をこぼしていた。
全てが遅くあまり努力をしないフランス人に大分ウンザリしているようだった。
賃貸自転車の定期券みたいなカードをつくるのに3ヶ月。保険証をつくるのに3ヶ月。
インターンを手に入れるのに5ヶ月。数字1文字のミスを直すのに3日。
日本や台湾なら1日でできることに一週間。
仕事が丁寧なのか?というとそうでもなくミスも多いと思う…。

今朝銀行の口座を閉めてきたけど、銀行側のミスで色々焦った。
昨日大きい支店にお金を全部引き出しにいって、3,6ユーロの小銭だけ引き出せなくて残ってたはずなのに、何故か今日自分の担当支店に行ったらマイナス4ユーロ!
ここ5日位カード使ってないし、そんな馬鹿なと思ったら
最終的に昨日の支店の人のミスだったことが判明して無事閉めることができた^^よかったー。
それにしても…!
カンタンにこの話をしたら「それ知ってる!日本人の友達につきそって口座閉めにいく度にあの人たち同じミスしてるよ^^あの銀行の人たちはまじで馬鹿だよね^^」って言われた。。
なんやそりゃ!
まぁ引き出しいったときも銀行員の対応すごかったしな…。
眉間にしわ寄せて舌うちしまくりみたいな…。そんなめんどくさいこと頼んでないやろ私!
しかも知り合いがきたと思ったら、客待たせながら知り合いと挨拶のキスして世間話始めるし…。
まぁそれは普通だけど!スーパーとかでもすごくよくある。世間話の合間に仕事してるやんこの人たちみたいな。

さて、これで私の最後のミッションは退寮手続きだけかな。スーツケースとか最後の奨学金手続きとかもあるけどそのへんはまぁ大丈夫…。
いややなー。寮の人怖いしなー契約やと6月末までやしなー。
1ヶ月位前に早期退寮のお願いに行ったらディレクターに手紙書けって言われて書いたのに
ディレクター返事くれへんし。。
大丈夫なんかっ!とりあえずまた質問してこよう。
対応が悪いのはデフォルトだと思って心を強く持とう><
日本に送る荷物がとりあえず全部終わった!
合計10キロぐらいの服etc2箱+合計7キロの本だけを2箱。
スーツケースやって万が一どうしても足りなくなったらまた送るだろうけど多分もうこれで全部。
郵便局の箱を買ってつかったらXLで40ユーロちょっと、ゆうパックを再利用したらサイズちょっとだけ大きい位で重さもXLの制限キロ以内だったのになんと105ユーロ。
アホかと思った。

郵便局の対応がくそすぎて色々大変だった。
郵便局はもともとくそでお母さんからの年賀状も無くされたし手紙や荷物のロストなんて日常茶飯事(友達も色々無くされすぎ)、
この人たち1/5ぐらいは無くしてんじゃないのってぐらい無くす。

本だけ送ると安くなるのでそれもしたんだけど
局員ひとりひとり言うこと違うし、適当な人や意地悪な人もいるし
本だけ送ると安くなるっていうことすら知らない人もいたし
最終的にはその知らなかった人がマニュアル的なのを読んで「あっやっぱりあるわー」みたいな感じで送ってくれた。

本が送れる郵便局がリヨンで1つだけで結構遠いところにある。前回は本持ってきたのに送れなかったんだ。
他の最寄りの郵便局で質問したら「Sac(袋、かばん)に入れて持っていけ」って言われたので
大きい鞄に全部入れて持ってったら「梱包してなきゃ送れない」って言われて
段ボール、近くにあった服屋で探して貰って持ってったけど「ガムテープ持ってきてないなら送れない」って言われて
諦めて7キロの本持って暑い中帰った。

2回目はフランソワが車で手伝ってくれて、
今度は段ボールに入れたのと、ビニール袋でぐるぐる巻きに梱包してたのを2つ持っていった。
万が一のために他の段ボールと大量の紙袋も持っていった。
そうしたらなんと今度は「本だけ送るなんてそんなの存在しないわよ」「そもそもなんで梱包したの?本だけ送りたいなら本だけ生で持ってこなきゃダメでしょ?」って……。
ほんとに苛々した。
でも最終的には大丈夫で、その人もこのシステム知らなかっただけですごく優しい人だった。
7キロの本で21ユーロ。

苛々してたらフランソワに嗜められた。
私が苛々するから郵便局員が意地悪になるんだよって言われた。
時間さえかけたら解決するんだよって。まぁそうだな…。
でも苛々せずにはいられない。日本なら短い時間でいいサービスでいい結果、っていうのが基本だもんね。
フランス人の大らかさすごいな><今更ながらにカルチャーショックを受けた。
責任感も専門知識もなくていいからフランスで働くの楽じゃんとかいったら喧嘩になった。
僕が専門知識がなく適当に働いてると思ってるの!?って。確かにひどいことを言った。
訂正。
いい加減で対応が残念なのは郵便局と保険と役所と大学と事務系とCROUS(大学寮組合)とスーパーetc。あっあと忘れちゃならない大使館も。

そういえば思い出したけど
この間フランス人の大学の男の子と喋ってたら
「僕、戸籍が女になってたことに最近気づいたんだよね~。お兄ちゃんも女になってたし、一緒に住んでる弟は住所が違ってた(笑)役所はいい加減なんだよね。ほんと困る~」って言ってた。。。
性別違うって何!!!ひどい間違い!!
アイデンティティカードは男だったしずっと気づいてなくて、最近パスポートを作った時に問題に気づいたらしい…。
いい加減かよっ!!

そういえばフランソワもこの間アパートの家賃とかぐちゃぐちゃになってたな…
問題があって電話しても全然来なかったりクレームに対応なかったり
家賃が突然半額になったりその半額だけ払ったのに来月しれっと普通の額に戻ってたり…

やっぱり会社もいい加減じゃないかよっ!!!

こういうところはほんとに嫌い。
でもフランス人なら「まぁいっか」「そんなもん」「時間かかるだけ」「楽でいいよね^^」って感じで流せるんだろうな~。
お喋りしすぎてお昼ご飯が4時半に始まることもある人たちやもんな…。
待ち合わせしたときに待ち合わせ場所も時間も決めないことがある人たちやもんな…。

私がせかせかしすぎ&色々なことを相手方に求めすぎなんだろうか。
少しずつ慣れはしても、やっぱりメンタリティーが違いすぎる。
9ヶ月住んでも、フランス人にはなれんわぁ。
終わった!!!

っていうかきた!!!やった!!!

フランスの地理とか都市開発についてのテストやったんやけど
問題が選択式で
なんと選択肢に「パリの都市整備について論ぜよ」みたいなのが…!!!

私そこパーフェクトです!
もともと予備知識もあったし授業でも結構理解できたしクロッキーとかしてめっちゃ勉強したとこなんで!!
前々日位に復習もめっちゃしたんで!!

完全にもらった。
自画自賛して結果ががっかりだとすごくあれなのであんまり言いたくないけど
正直今までやったテストでは一番出来た。
いい締めくくりやったわ。

港の戦略的開発とか郊外のスプロール化と集合住宅とか
そしてさらにもっとピンポイントで深い知識が必要なのがくると思ってたのでほんとよかった
って選択肢のもう1個はHavre港についてだったけど。ヤマあたりまくりかっ!

そして前回のテストで「選択式のテストで両方解答して時間が足りなくなる」というアホなミスをした私を心配した先生が
そっと「選択式だよ、分かってる?大丈夫?」って耳打ちしにきました。
どこまでも優しい先生!!(;;)

まぁとにかく終わった。
これでリヨンの大学での授業やテストは完全に全部終わってしまった。
感慨深いなー。

残りの時間は仲良かった子たちと遊んだりしつつ、ぼちぼち帰国準備始めます。
22日からは1週間弱しょうことクロアチア旅行です^^b
それからリヨン戻って奨学金とか寮退去とか色々して…
そして最後の4日位はフランソワと少しフランス旅行?予定。未定!

そういえば帰ってすぐある実習指導会の準備も始めなくちゃなー!!><
案外ボケッとする時間がない。
行ってきたー!!

南仏旅行、Côte d'Azur(紺碧海岸)のカンヌ、ニース、モナコ、マントンを巡ってきたよ!
海が死ぬほど綺麗だった!
4日間のうちの最初の2日はあいにくの天気で、特に2日目ニースでは土砂降りの大雨だった。
天気悪いっていうのは天気予報で聞いてたけど
それでも南仏だしそんな凍えることはなかろうとコートをもっていかず、足がずっくずくに濡れることなんて予想もしてなかったのでスニーカーを持っていっておらず、
本気で凍えかけた。色々私がぐちぐちしてたせいでフランソワがキレて喧嘩になって大変だったけども
3日目4日目は無事に過ぎた(*^^*)
最終日は晴れたので念願の!!紺碧海岸で海水浴!!
水はめちゃくちゃ冷たかったけど最高でした。もう海の色がほんとやばい!

こんな感じ。
これはニースとモナコの間のあたり。
夜間飛行-mer

証拠写真。水着をもってきてなかったフランソワに「でもどうせ寒いんやろ?全身入る勇気はないんやろ?」ってからかわれて入れるわ!!って挑んだ私の勇姿。
夜間飛行-inmer


そのあとは日本人のさとこちゃんと2人でプラハへ。26日にパリのCDGから出て夕方に到着。
町並みが恐ろしく綺麗だった。普通の家が全部すごく綺麗で、日本人のイメージする「ヨーロッパ」っていうのはまさにプラハやな~と思った。
念願のミュシャ美術館とミュシャのステンドグラスも見れて感動。生はすごかった!

プラハ城付近から見下ろしたプラハの町並み。
夜間飛行-prague

ミュシャのステンドグラス
夜間飛行-mucha

1泊だけして27日の午後にはウィーンへのバスに乗る。
車窓風景を楽しみ、ウィーンについてからはホテルまでの道をあほほど迷い、気づいたらもう夜だった。

というわけで次の日の午前中に観光開始。
ウィーンもヨーロッパ!!って感じ。ヨーロッパっぽいヨーロッパが見たい人はフランスとか行かずに東欧行くべきだなって心底思った。
かつてのハプスブルグ家の繁栄を目の当たりにした。王宮すげー!
そして某有名カフェでウィンナーコーヒーやケーキを楽しんだ後ベルヴェデーレ宮殿に行き、クリムトの接吻を始めとする名画を堪能。
昼にはさとこちゃんと別れ、彼女はフランスへと帰っていった。
私はひとりで分離派美術館とレオポルド美術館へ行きクリムトを見尽くす。
エッセンシャルはやっぱりベルヴェデーレかなあと思ったけど
個人的には分離派の壁画が気に入った。でもレオポルドのLife and deathも鳥肌ものだった。
まぁとにかくよかった。


ビールを飲んではしゃぐ私。
夜間飛行-beer

プラハとウィーンではずっとビールを飲んでいた。ビールの美味しさに気づいた。
っていうかなんか東欧とドイツのビールは美味しすぎる気がする。喉が渇いていたせいもあるのだろうが、プラハで飲んだのは人生で一番美味しかった。
その日は死ぬほど疲れたので、16時ころから、21時のベルリン行きの夜行バスまでの時間を何をするでもなく潰した。

18時には既にバス停について、暇を持て余したが、
アルジェリア人のおじさんにビールを奢ってもらったり
英語があまり話せない旅の中国人女性を助けたりしているうちに時間がきた。
バスはあまり良くなく、更に隣に他人がいることが不快だったのもあり、あまり眠れなかったし思い切り首を痛めたが、翌日朝6時には無事ベルリンについた。
4時起きでジュリアが迎えにきてくれた。久々の再会!!
昼まで散歩をしたりご飯を食べたりして過ごす。

13時過ぎ頃にはアンジェル(台湾人の親友のうちの1人)が着くことになっていたので
駅まで迎えにいき、一緒に待ったが時間になってもこない。
ジュリアは2時から6時まで大学があったので、途中で去って私は一人で待っていた。
1時間待ってもこなかったのでホステルに戻ったら「電車を逃した。ホステルに直接行く」という伝言と電話番号を受付で受け取った。
早速電話をかけたら番号が間違っていて知らない台湾人が出た。根気よくフランス語で話しかけつづけたら最終的に怒って切られた。
しかしface bookを開いたら「15時半にはつく」というメッセージと正しい電話番号が書いてあったので、ホステルで待つことに。
しかし待てどくらせど来ず…最終的に彼女がついたのは17時過ぎ!!!!
その間に少し寝て元気になったのと友達が1人できたのでまぁよかった。

ジュリアと合流してから観光をしてご飯を食べ、次の日も一日中3人で観光した。
ジュリアが地理学生なおかげでかなり地理的な観光だった。
普通なら観光地行くだろうに、かなりマニアックでそしてものすごくジュリアな旅だった。笑
本当に色々興味深くて感銘を受けた。
ベルリンはプラハやウィーンのように綺麗なわけではなく、むしろ汚いし、
大都会ですごく疲れるし絶対住めないなと思うけど、
世界中でベルリンにしかない魅力が沢山存在する街だった。
ストリートアートやアートスポット、ナイトクラブや音楽、多文化、色々なものが混在して目が回りそうだった。
「Alternative」の意味をこの目で見て、この手で触れて、この耳で聞いてきた、そんな気がする。
東と西の分断の面影にも驚きつつ…。

ジュリア、アンジェルとアートハウスにて
夜間飛行-3nin

お揃いみたい?^^しかし私が半笑いなのが気になる。
夜間飛行-2人


そしてアンジェルは帰りの電車も逃し(正確には行く駅を間違え)、ベルリンでもう1泊したのでしたww^^おいwww
私は彼女の1日前に発ったんだけど、実は私も空港行きの電車を逃して死ぬほど焦って半泣きになりながらかけずり回ってたのは秘密です^^早めに出てたから次のでギリギリ間に合ったので結果オーライだったけど!
そしてリヨンについたらメーデーでメトロとトラムが全部止まっていた。
おwまwえwらw
って知ってたけどね!フランソワから電話きてたから知ってたけどね!!!
Velov(賃貸自転車)で帰りました。
ベルリンはメーデーはすごいお祭りでしかもものすごく危険だとか言ってたけどどうだったんだろうなー。
リヨンは色々止まってたわりにデモがなかったのでどうしたのかと思ったら
「メーデーはデモをする日だからデモをしても政府が当然だと思って相手にしてくれないからあえてこの日はデモをしない」らしい。なんじゃそりゃっ!
じゃあメトロ止めるなよ…。働きたくないだけかよ…。
そして同時に5月1日は鈴蘭を道ばたで売っている人が大量にいました。
鈴蘭を親しい人に贈る日でもあるそうで、また、鈴蘭はどっかで摘んできたのを売っても違法じゃないので売る人が多いそう。
花を贈る文化っていいよね。

そんなわけで今は日常に戻り必死になってテスト勉強しています。
フランス地理面白し復習頑張ってるけどテストで受かる自信がないっ!!笑
この大学での最後のテストだし頑張ろー!!