毎年書いていますが、終戦記念日になると、私を育ててくれた
祖母のことを、ゆっくりじっくり思い出します。
終戦記念日と祖母の誕生日が近いので、余計かな。
私の祖母は明治生まれで、明治、大正、昭和、平成と四つの
時代をまたぎ、94歳で亡くなりました。
かなりハイカラ(死語?)な人で、バイオリンとフルートを
弾き、乗馬が好きで、京都の祇園で三味線を披露するという、
スーパーレディそのもの。
※その影響で、私も舞妓になりました
※「ワタシノオハナシ」にも書いています
私は戦争を知りませんが、祖母はよく戦争時代の話をよく
してくれました。
祖母にとってはつらい話だったと思いますが、何度も同じ
話をしてましたね。
昭和初期が祖母の青春時代になると思うんですが、祖母は
イギリス人の男性と結婚しました。
私の祖父は、イギリス人です。
写真でしか知りませんが、かなりハンサム!
祖父母が結婚した頃は「日本はとても良い時代だった」と、
祖母は言っていました。
周りの人達はイギリス人の祖父を受け入れてくれたそう。
だけど、日本の戦争色が濃くなった頃には、祖父に対する
風当たりが変わったこと。
想像がつきますよね。
祖父は日本に帰化していましたが、それでも“外国人”だと
いうだけで、もうダメだったんでしょう。
祖父は日本人として出征し、戦死しました。
祖父の複雑な心境を思うと心が痛むし、祖母も愛する人を
失うのは辛かったでしょう。
祖母は再婚することなく私の生みの母を育て、私を育てて
くれました。
よく祖父のことを、「男前で優しい人で、着物が似合って、
素敵な人やった」と話してたっけ。
それと同時に、
「アメリカを恨んでも何にもならん。
戦争を恨んで、二度と戦争をしないようにするんや」
とも言っていました。
今でも世界のどこかで戦争が起こっていることを知ったら、
ガッカリするんじゃないかな……。
この時期は、いつも祖母に会いたくなります。
かなりスパルタな祖母で、礼儀作法にも厳しくて。
中学、高校生時代は毎日着物の生活だったので、着物の着方は
もちろん、一つ一つの仕草にも厳しくて、竹の長い定規でよく
叩かれました。
そんなことも、今ではいい思い出です。
祖母がいなければ、絶対に今の私は存在しないので、感謝しか
ないですね。
会いたいなぁ……。