Vol.142 『緑茶くらべ』

日本全国には、たくさんの茶処があります。

三大茶処として、

静岡、宇治、狭山がよく挙げられますね。


実は、三大銘茶の茶処はもちろん、

日本に散らばる茶処のそれぞれには、

神様が宿っているのです。

お茶の神様たちは、

みな自分のところのお茶に、

誇りを持っていて、

神様らしく、他の茶処のお茶たちも、

尊敬・尊重しあい、

みんなで緑茶界をもり立ててきました。


ところがある日、人間界のテレビが取材にきて、

狭山茶が日本最高のお茶だと、

褒め讃えたのです。


さあ、こうなっては静岡茶の神様も、

宇治茶の神様もおもしろくありません。

争いは日本中の茶処に火が及び、

九州の八女茶や知覧茶、

三重県の伊勢茶、

宮崎県の宮崎茶や都城茶、

などなど、挙げるのも大変なほどに、

茶処という茶処の神様たちが、

自分のお茶が日本一だと、 主張してやまなくなってしまったのです。


宇治茶の神様は京都らしく、

はんなりとした女神さまです。

この緑茶界の争いにこころを痛めて、

なんとか神様たちの仲を取り持とうとしました。


そして、仲介役として、全国の茶処の神様たちを、

ひとつところに集めました。


口を切ったのは狭山茶の神様です。

「なんだい、ぼくが日本一になったのが、そんなに面白くないのかい。でも、実力あっての評価だからなあ」

宇治茶の神様が、おっとりととりなします。

「そないなこと、言うもんやおまへんよ。前は仲良く緑茶界をもり立ててくれはったやおまへんか。」


そこに静岡茶の神様が、怒って口を挟んできました。

「なんじゃ、日本一、日本一って。わが静岡茶の種類の多さを知らんのか。お茶といえば静岡じゃ。人間界の人気なんて、すぐに消えるじゃろう。」

カチンときた狭山茶の神様は、

真っ赤になって、煙を出して怒りました。

すると狭山茶は、その熱で燻されて、

ぜんぶ焙じ茶になってしまったのです。


狭山茶の神様はあおくなりました。

「わああ、どうしよう!自慢の茶葉が!」

仲介役の宇治茶の神様が、またおっとりと言いました。

「こうなってはどうしようもおまへんなあ。

あんたはんは神様やから、 人間に頼んで、焙じ茶を売ってもらい。」

狭山茶の神様はガックリして、

「静岡茶も宇治茶もすまん。ぼくは人間に頼みこんで、

焙じ茶を売ってもらうよ。

九州や宮崎や、三重のお茶の神様たちもすみません。

ひとつこころを入れ替えて、

ぼくも行商の旅にでます。

宇治茶の女神さま、あとはよろしくお願い致します」


狭山茶の神様は旅支度をすると、

悲しそうに振り向いて、ひとつみんなに手を振り、

行商の旅に出ました。


宇治茶の神様はポツリと呟きました。

「ひとり欠けるだけで悲しいもんやなあ」。

静岡茶の神様も言いました。

「なあ、みんな。狭山茶の神様を連れ戻そうじゃないか?この焙じ茶、ぜんぶ売るのは大変じゃよ。わしらもそれぞれ焙じ茶を売ってやろうじゃないか」

お茶の神様全員から、賛成の拍手が起きました。


手分けをして、

「香りも芳ばしい出来立ての焙じ茶!」

のポップをつけて、

それぞれの人間界のお茶屋さんに頼んで、

狭山茶の焙じ茶を売ってもらったのです。


焙じ茶は飛ぶように売れました。

そして、完売になると、いままで恥ずかしくて隠れていた、

狭山茶の神様が、

おずおずと出てきました。


「みんな、ありがとう」

ちょっと涙ぐんでいます。

宇治茶の神様が、

「かまへん、かまへん。また仲良うしようじゃおまへんか。前みたいに助け合ってなあ」


そうしてお茶の神様たちは、

それぞれの県へ帰って行きました。

完売になるまえに、こっそり取り分けておいた、

狭山茶の焙じ茶をお土産に持って。