Vol.135 『あひるの新入社員』


あひるのガー君は、

川っぷちに腰掛けて、

脚をぶらぶらさせながら憂いにみちた顔をしていました。


夕刻、川べりにはコウモリが飛び、

日が暮れようとしています。

5月ですから寒くはありませんが、

すうっと冷ややかな風が、

ガー君のほほを撫でていきます。


ガー君は、水質調査の会社に、

4月に入社したばかりの新入社員です。

それまでに20社を越える会社を受けましたが、

みごとに落ちました。


もう、これが最後と思って受けた今の会社に、 

やっと拾ってもらったのです。


張り切って入った会社でしたが、

労働条件はきびしいものでした。

水質調査は、昼だけでなく、

24時間行わなくてはならず、

ガー君は、夜勤をさせられることもありました。

ひとり、真夜中の川にいると、

なんだか怖くなってきます。


上司のあひるは、きついあひるで、

昼間、事務所のガー君の座っている椅子を蹴り上げ、

面罵することもありました。


ガー君は、入社したての頃は、

歯を食いしばって頑張りましたが、

5月になり、いわゆる五月病になってしまったのです。


そして、ふっと昼間の勤務をさぼり、

夕刻の川べりに座って、

ぼーっとしてしまったのでした。


そんなガー君にも、会社に、

ほのかに想いを寄せる、

雌あひるがいました。

まひるちゃん、というそのあひるも、

ガー君のことを憎からず想っていました。

ですから、今日ガー君が欠勤しているのを、

とても心配しておりました。


まひるちゃんは事務の仕事でしたので、9時5時勤務です。

5時に仕事が終わると、

ガー君を探しに川にやってきました。


そして、もう暗くなろうとする川べりに、

ガー君が所在なげに座っているのを見つけました。


まだ、ガー君が想いを寄せていることをしらないまひるちゃんは、

遠慮がちにガー君に声をかけました。


「ガー君、どうしたの?心配したわ」

「まひるちゃん、探しにきてくれたのかい?」

「そうよ、一日会社にいないから」

「ごめんよ、ちょっと仕事がいやになって」


まひるちゃんはガー君を元気づけようと、

せいいっぱい明るい声で言いました。

「そんなこと、誰にでもあるわよ。ねえ、東あひる駅のそばに新しくできた、 

飲み屋さんに行かない?」

ガー君はパッと明るい顔になりました。

「いいね。付き合ってくれる?」

「お誘いしたのは私のほうだわ。さ、行きましょう」


2羽は歩きだしました。

ガー君はそのうち遠慮がちにまひるちゃんの手を握ると、

まひるちゃんは強く握り返して来ました。


そして飲み屋さんであひるビールのジョッキを頼み、

乾杯しました。

もう、いつの間にかお互いの想いは通じ合っていて、

会社のこと、好きな歌手のこと、

好きな映画のことなど、

時間を忘れて語り合いました。


店を出るときは、もう次のデートの日を決めました。

まひるちゃんのおかげで、

ガー君の五月病は吹っ飛びました。


あす会社で、またまひるちゃんに会えるのを楽しみに、

帰ってからもデートコースを考えるのに余念なく、

ガー君は幸せな眠りにつくのでした。