Vol.134 『アラジン探偵事務所』
高層ビルや、商業ビルに囲まれた、小さな3階建てのビルの1階に、
アラジン探偵事務所はひっそりとありました。
勤めているのはねずみです。
狭いところにもなんなく入っていけるので、
探偵には向いていましょう。
所長兼、事務方兼、機動調査兼、掃除など、
ぜんぶ一匹で賄います。
ところでこのねずみ、マイクと言いますが、
普通の浮気調査などはやりません。
探偵として請負っているのは、
探し物のみなのです。
そで看板の下にちいさく、
「探し物専門」と書いてあります。
マイクは今日も出勤すると、
まずパソコンの電源を入れました。
依頼が入っているかどうか、
確認するのです。
今日は1件、とある会社から依頼が入っていました。
曰く、ごちゃごちゃの机の上に置いたはずの、
私的な書類が見当たらない、
探してほしい、
とのことでした。
ねずみのマイクは素早く動きました。
アポを今日の13:00にとると、
わずかなチーズとパンで昼食を済ませ、
さっそくその会社に向かいました。
「こんにちは。アラジン探偵事務所のマイクと申します」
「いやあ、待ってたんですよ」
依頼主の男性は、頭をボリボリかきました。
「して、なにをお探しですか」
「それがそのお…」
「困りますね、書類の詳細を言っていただかないと、探しようがありませんよ?」
依頼主の男性は、おずおずと言いました。
「婚姻届けなんです。サイン済みの。妻になる女性に、区役所は会社から近いから、ぼくが出してくるよ、と言ってしまったんです。確かに机の上に置いたんですが、朝から会議でシッチャカメッチャカで。
見つかりますかね?無くしたじゃ済まされないんです」
ねずみのマイクは、アタッシュケースから白い薄い手袋をだし、
小さな両手に嵌めました。
手がかりは、婚姻届けの用紙にある、
薄茶色の印刷と、ペラペラの紙の材質です。
ねずみのマイクは、机に乗ると、
関係なさそうな書類を、
あとで戻せるように、
慎重に横に置いていきました。
その男性の机の上には婚姻届けはなく、
引き出しももちろん見ましたがありません。
これからが、アラジン探偵事務所の本領発揮です。
こういう薄い書類は、机と机のあいだに紛れ込むか、
下に落ちている確率が高いのです。
ねずみのマイクは、チョロチョロと机の隙間に入り込みました。
そしてなんなく、婚姻届けを発見したのです。
男性が喜ぶことといったら!「ありがとうありがとう、マイクさん、これでぼくたちは夫婦になれる!」
「報酬をお払いしなきゃ。お幾らですか?」
ねずみのマイクは、
「あとで銀行に振り込んで下さい。請求書をお送りします」
そういうと、颯爽と帰っていきました。
今日の仕事はこの1件だけでしたので、
オフィス街に出ていき、
馴染みの「幸福」という飲み屋に入りました。
昼間から飲めるので、
ねずみのマイクはちょくちょく来ていました。
ねずみのマイクがいつも頼むのは、
生ビールのウルトラジョッキでした。
ひとのあたまが入るほどの大きさです。
マイクはねずみですので小さく、
ウルトラジョッキに這い上って飲むのです。
一度脚を滑らせて、ジョッキの中に落ち、
ビールで溺れ死ぬところだったこともありました。
それでもこの店が気に入っているので、
相変わらず這い上ってビールを飲んでいます。
(さあ、今度はどんな探し物の依頼が来るかなあ?)
マイクは酔いに身を任せ、
襟元のネクタイを緩めました。
本領発揮の依頼が来たら、またお知らせしますね!