Vol.131 『優しい羊はお母さん』
チロルちゃんはお母さんっ子でした。まだ小さいのに、
カルガモのように、
一生懸命よちよち歩いて追っかけます。
チロルちゃんは優しいお母さんのことを、
「優しい羊さんみたい」
と、いつも思っていました。
それは、お母さんの買ってくれたモコモコの羊のぬいぐるみを、
とても大事に、いつも抱いているからかも知れませんね。
チロルちゃんのお父さんは、
チロルちゃんが1才くらいの頃、
亡くなりました。
お父さんもまだまだ若かったのに、
チロルちゃんを遺して逝くのは、どんなに後ろ髪を引かれる思いでしたでしょう。
亡くなるまえにお父さんは、
チロルちゃんの手をとり、
やっとの思いで言いました。
「チロル、お父さんは星になるんだ。いつも光っておまえを守っているよ」
それぎりお父さんは話をしなくなりました。
永遠に。
チロルちゃんはまだ赤ちゃんみたいなものでした。
お父さんが亡くなったことも、
よく分かっていません。
ただチロルちゃんの頭には、
「光る星はお父さん」
という言葉が、
意味はよく分からないけれど、
しっかり仕舞われました。
もちろん、羊のように優しいお母さんは、
涙が涸れるほど泣きました。
でも、いつまでも泣いているわけにはいきません。
働いて、チロルを育てなければならないからです。
お母さんの必死の働きにより、
チロルちゃんは無事、成人しました。
チロルちゃんは夢がありました。
毛布職人になりたいのです。
お母さんのぬくもりみたいな、
フワッフワなマイヤー毛布を作りたい。
それがチロルちゃんの夢でした。
チロルちゃんは、マイヤー毛布作りならこの人の右にでるものはいない、
というほどの、
熟練の毛布職人に弟子入りしました。
きびしいことや、叱咤されることもありました。
ある日、親方が聞きました。「チロル、お前はどんな毛布を作りたいんだ?」
チロルちゃんは、
毛布のデザインなどを書いた、
デザイン帳を親方に見せました。
「おお、いいじゃないか。お前もずいぶん慣れたから、この毛布つくってみるか?」
チロルは天にものぼる心地でした。
そう、その毛布は、
合わせになっていました。
下の毛布は、グレーの星模様で、
身にまとうひとを優しく包む、
落ち着いた毛布でした。
上の毛布はあわいオレンジ色で、
羊が一面に散りばめられた、
眠くなる効果がとびきりの、
素敵な毛布です。
星と羊をカップリングさせ、一枚の、優しげなマイヤー毛布を、
チロルちゃんは創ったのです。
毛布に付けるタグにもこだわりました。
タグには、
『光る星はお父さん、優しい羊はお母さん。今夜も素敵な夢を』
と書きました。
そう、チロルちゃんのご両親のことです。
チロルちゃんは、この毛布を真っ先にお母さんにプレゼントしたかったのです。
お母さんは長年ひとりで働いて、
体を壊してしまい、
いまは車椅子生活です。
チロルちゃんは、お母さんの車椅子を押すとき、
腿のあたりが寒そうにしているので、車椅子ごと、
この毛布ですっぽり覆って上げたかったのです。
チロルちゃん作の毛布を身にまとい、
お母さんはご機嫌でした。
「あったかいよう、チロル。最高のプレゼントだよ」
チロルはうれしくなりました。
「お母さん、その優しい羊はお母さんよ?裏のグレーの星はお父さん」
「そうか、そうか」
お母さんも嬉しそうです。
これから、チロルちゃんは独立して、
マイヤー毛布職人として、
真価が問われます。
原点はこの毛布。
休む人を優しく包んで、快適な眠りへ導いてあげたい。
その初志さえ貫徹すれば、
チロルちゃんは立派な毛布職人になることでしょう。