Vol.127 『紅梅堂のしろちゃん』

紅梅堂というお菓子屋さんが、ある山里にありました。

旅人相手の、

のんびりしたお菓子屋さんです。


そこには、しろちゃんという子猫が飼われていました。

しろちゃんは招き猫だけでなく、

晴れを呼ぶ特技がありました。


低く垂れ込めた空。

今にも雨になりそうです。

紅梅堂に来たお客さんが、

「困ったな、雨が降りそうだ」

と言うのを聞くや否や、

しろちゃんはまだ子猫なのに、

全精力を傾けて、晴れ乞いをするのです。 

「ふんぬ〜、ぬお〜、ふおおおおお、きえ〜!」  


すると、たちまち雨雲は消え、

晴れ間が見えてきます。

しろちゃんの念力のおかげと知らない旅人は、

「やあ、晴れた、良かった良かった」と、

喜んで旅を続けるのでした。


しろちゃんはそれで満足なのです。


ただ、そんなしろちゃんにも、

出来ないことがありました。

きりづみばし、という橋があります。

しろちゃんは、きりづみばしの向こうには、

念力が届かないのです。


それを望む旅人のために、

必死で念を送りますが、

いつもあえなく失敗し、

気を落として、

卵を産んだウミガメのように脱力し、

ぐったりしてしまうのです。


数年がたちました。

しろちゃんは立派な雌猫に成長しました。


なんと、念に磨きをかけた、

おとなのしろちゃんは、

とうとうきりづみばしを越えて、

晴れ乞いが出来るようになっていました。


いつのまにか、

「紅梅堂に行くと晴れる」

という噂が噂を呼び、

紅梅堂には旅人が詰めかけるようになりました。


当然、お菓子は飛ぶように売れ、

しろちゃんも看板猫として、

大事にされています。


今日も紅梅堂は、

お菓子を買って、これからの旅の天気を願う旅人でいっぱいです。


しろちゃんのあたまを撫でると晴れる。

そんな噂もながれ、

旅人はみな、しろちゃんのあたまを、

ひとつ、愛おしそうに撫でるのでした。


そのころから、早くも20年以上が経ちました。

猫は20年も生きればおばあさんです。

しろちゃんは健在なのでしょうか?


紅梅堂へ行ってごらんなさい。

まだまだ元気なしろちゃんが、

今日も晴れ乞いをしています。

旅人のひとりから御礼に、

と貰った、

紅い素敵な首輪をしています。


お母さんにもなったしろちゃんは、

子猫たちに、念の送り方を教えています。


紅梅堂のお菓子もますます評判になり、

店主は新しいお菓子作りに余念がありません。


猫は飼っておくものですよ。