Vol.112  『物乞いのおじいさん』

 

煉瓦の街には、寒い、寒い風が吹いていました。

道行く人々は、みな背中を丸めて、

寒そうに、足早に歩いて行きます。

 

粗末なみなりをした、物乞いのおじいさんがいました。

煉瓦の建物の陰で、寒さをしのぎ、

通りがかる人に、「お恵みを」と手を差し伸べるのでしたが、

みな、まるで物乞いのおじいさんがそこにいないかのように、

素知らぬ顔をして行ってしまうのでした。

 

おじいさんは食べるものがないので、

道に落ちていた木の実などを食べて、

露命を繋いでいました。

でも、お腹はペコペコです。

 

そんな時、おじいさんのそばに足をとめたお嬢さんがいました。

お嬢さんはしげしげと、おじいさんを見ていました。

おじいさんは「お恵みを」と、お嬢さんに手を差し伸べました。

 

するとお嬢さんは、その手をしっかりと握り、

「私の家においでなさい」

と言い、おじいさんを近くの、お嬢さんの家に案内しました。

 

おうちは暖炉が燃えていて、とても暖かく、

おじいさんはおずおずと、勧められた椅子に座りました。

お嬢さんは、あらかじめ作ってあったスープに火を入れました。

そして、熱々のスープをたっぷりお皿によそうと、

物乞いのおじいさんの前に差し出したのです。

 

おじいさんはお腹を空かせていましたから、

ガツガツとスープを食べました。

 

お嬢さんは、パンと、あたたかい紅茶も出しました。

パンも、食いつくように食べたおじいさんは、

やっとひと心地ついて、熱い紅茶を飲みだしました。

 

紅茶を飲み飲み、おじいさんは尋ねました。

「あのう、どうしてわしみたいな物乞いに、

こんなによくしてくださるのですか?」

お嬢さんは微笑んで答えました。

「人助けはできるうちにしておきなさい、

と言うのが、亡くなった母の言葉なのです。

おじいさんがとても困っていらっしゃったのが分かったので、

うちにお招きしたのです」

 

おじいさんは嬉しくて、目に涙が滲んでいました。

「ありがとう、お嬢さん。

優しいあなたにお礼がしたい。

3分間、目をつむっていてくださらんか」

お嬢さんは疑うということをしないたちなので、

おじいさんの言う通り、目をつむりました。

 

3分後、お嬢さんが目をあけたとき。

そこには、りっぱなみなりをした、

金髪もうつくしい青年が立っていました。

 

お嬢さんはびっくりしました。

「え?あなたは先ほどのおじいさんなのですか?」

青年は答えました。

「これが本当の私の姿なのです。

私は神です。

物乞いに身をやつして、人々の様子をみて、

困った方に加護を施すのです」

 

続けて神様の青年は言いました。

「お嬢さんは、あんな汚い身なりだった私の手をとってくだすった。

何かにお困りになっていたわけではないでしょうが、

ご親切のお礼にこれを授けましょう」

被っていた帽子を取って逆さにすると、

そこからは噴水のように、金貨が溢れ出てきました。

溢れる金貨は止まりません。

びっくりしたお嬢さんが神様の青年に見惚れているうち、

お部屋の中一杯になった溢れる金貨は、

ようやく止まりました。

 

神様の青年はにっこりしました。

お嬢さんは呆然としていました。

一生分食べていけるほどの金貨の山です。

 

お嬢さんは、「ありがとうございます、ありがとうございます」

と、青年の神様の足元に額づきました。

神様はやさしくお嬢さんを起こすと、

「お役に立ててよかった。

困ったことがあったら、また街角の物乞いに声をかけなさい。

きっと助けに行くから」

そう言って、さわやかにひとつウインクすると、

お嬢さんの家を出て行きました。

 

お嬢さんは、まだ金貨の山のそばで呆然としていました。

「情けは人のためならず」

とは、このことですね。