Vol.108 『つきのわぐまの先生』

 

つきのわぐまの村がありました。

子供たちは、皆つきのわぐま学校に通っていました。

年齢がそれぞれバラバラなので、

小学生も中学生も、高校生も、

みんな一緒に学ぶのです。

 

みな、一生懸命勉強しています。

くまの学ぶべきことも、やっぱり国語でしょうか。

つきのわぐまの先生は、男の先生でした。

文学に通じたその先生は、

いろいろなテキストを、子供たちにと用意します。

パソコンにプリンターなんてつきのわぐまの社会にはないので、

先生は鉄筆で、毎回テキストを書いていました。

 

先生がとくに愛し、親しんでいるのは、

短歌や俳句、漢詩などの韻文です。

子供たちも、先生の朗詠を楽しみにしていました。

 

授業での、先生の朗詠は、迫力がありました。

そして、韻文のもつ魅力に、生徒たちはどっぷりと浸かって、

いつしか、自分ひとりでも短歌や俳句が詠めるようになっていったのです。

 

先生は最近考えていることがありました。

子供たちが、韻文だけでなく、散文の文章や、

高校生ぐらいのつきのわぐまは小論文、

それぞれもっと出来るようになる、そんなテキストを作れないかと思ったのです。

 

そう思った日から、先生は夜な夜な、

鉄筆を握る手が痛いのもかまわず、

散文の設問と、その答えを考えさせるテキストを書きに書きました。

 

そして、とうとう子供向きですが、年齢におもねることのない、

珠玉のテキストを完成させました。

 

テキストが完成した翌日、

先生は、人数分のテキストを小脇に抱え、

誇らしい気持ちで学校に行きました。

 

授業の時間です。

「うわ~、先生、それなに~?」

「見せて見せて、どんなテキスト?」

子供たちは夢中です。

 

先生はみんなに言いました。

「まず、わたしが音読する。

そのあとは、君たちが交替でテキストを読みなさい。

みんな読み終わったら、テキストに書いてある、短い設問に答えなさい」

先生は、短歌や俳句の朗詠で鍛えた、

太い、よく通る声で音読を始めました。

 

みんな夢中です。

子供たちも、たどたどしい子もいましたが、

なんとかテキストを音読できました。

そして、設問に答えていきました。

 

先生は最後に言いました。

「では、最後にこのテキストを読んで思ったことを、

原稿用紙に自由に書きなさい」

 

子供たちはそれぞれ鉛筆を握ると、

それはそれは楽しそうに、感想文を書き始めました。

皆、すらすらと書いています。

音読の効用ですね。

 

授業がおわると、先生は子どもたちの書いた設問の答えや感想文を持ち帰り、

それを器用に製本していきました。

自分ひとり、自分専用、自作の本を手にしたとき、

子供たちはどんなに喜ぶことでしょう。

 

「さあ!みんなにプレゼントだ!テキストの答えと感想文、

製本してきたぞ!

世界にひとつしかない、君だけの本だ!」

翌日、人数分の本を抱えて登校した先生は、

授業の初めにそう宣言すると、

子供たちがわあっと集まってきました。

そして、さっそく読み始めたり、大事そうに眺めたり、

とりかえっこをして、読みふける子たちもいました。

みんなみんな、それはそれは幸せそうでした。

 

このおはなしにはおまけがあります。

先生のテキストのすばらしさと、子供たちの感想文のできに、

くま出版が目を留め、ちゃんとした本にしないか、と、

持ち掛けてきたのです。

先生は、一も二もなく承諾しました。

 

先生の魅力あふれるテキスト、

本屋さんで買えたら最高ですね。

 

⊛なお、この音読のテキストや感想文などに関する記述は、

言問学舎刊 『国語のアクティブラーニング 音読で育てる読解力』

小田原漂情作

から構想を得ております。