でも、前回の世界大会で同じような境遇の選手に会い、こうして海外のあちこちの選手から妊娠した、この後、どうやって空手に戻ったらいい?どうしたら戻れるのか?という切実なメールを沢山もらうと、国は違えど女性が抱える悩みに国境は無いといつも思います。
昨年1月に特集掲載させて頂きました月刊秘伝のみけマンマの原稿から、その部分を抜粋させてここに貼り付けておこうかと思います。
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20代後半に門を叩いた極真空手も、既に気がつけば10年をゆうに過ぎております。競技色の強いフルコンタクト空手の世界に於いて、強さ弱さはそのまま競技の結果として語られる事がほとんどなのですが、ひとつ女性というキーワードに照準を当てると、そこには女性ゆえの苦悩を見る事が出来ます。
……(中略)……
ここからは個人的な内容になるため、大変恐縮なのですが、私は極真空手を始めてまもなく結婚・妊娠・出産を経験しました。
当時は若い女性入門者も多かったのですが、あらかた結婚と同時に辞めていく人も多く、また女性が武道を志すのは精神修業や技術を学ぶというよりダイエットや護身、美容といった「手習い」的なものである、という認識がほとんどで武道に一生を捧げたいなどと言う女性はキワモノにしか映りませんでした。
子供を産んでも稽古を休まない。
動けないなら見学だけでもさせて欲しい、稽古の声だけでも聞かせて欲しい。
武道にとって大切な事は、地道に石を積み上げるように重ねる日々の稽古であると捉えていた自分は一日でもその歩みを止めたくないという思いに駆られていました。
2階の道場から聞こえる稽古の声を聞きながら1階の広間でひたすら砂袋を叩く。
空手とは己が堅い部分を鍛え、さらに堅く強くし、一分の迷いもなく相手に打ち込んでいく。
部位鍛錬とは空手の象徴であり、私自身が入門した当時、有段者の先生方の拳がまるで鉄球のように堅く、脛は鉄筋のようであった事に驚愕し、大山倍達総裁が部位鍛錬した大きな拳を掲げていた映像に歓喜しました。
これが空手なのだと。
それはおよそセンスや才能とは無縁であり、誰もが出来、また誰もが続けてさえいえれば肉体をまるで刀を研ぐように鍛えられる。
「女性だから」
「子供がいるのだから」
「女の人がそこまでやる必要はない」
と言われ
「もう辞めよう」
「女である自分が辞めれば、もう人に迷惑をかける事もない」
と何度も心が折れそうになった時、あの鉄球のような拳が脳裏をよぎり、ひたずら砂袋を叩きました。
稽古を終え、階下に下りてきた男性の一人が、妊娠中の大きな腹を抱え黙々と拳や脛を砂袋に打ち込む私を見て
「女の人が部位鍛錬なんてするもんじゃないですよ」
と笑うと、私は決まって
「将来世界大会に行ってロシア人と戦うために鍛えてるんです。」
と笑って答えていました。
その後、私は全日本を連覇するようになり、世界大会、アジア大会、アメリカ大会など数多くの外国人選手と対戦するようになり、文字通り世界大会でロシア人と戦う事も実現しました
……(中略)……
先日ブルガリアで開催されたKWU世界大会に出場しました。試合自体は準々決勝で敗北を喫したのですが、その会場で一人のカザフスタン女子選手と出会いました。
彼女は24歳で1歳の子供がおり、子育てをしながら今回の世界大会に臨んで来たのです。
パンフレットの私の年齢を見て驚いたのでしょう。結婚して9歳と11歳の娘がいると答えると驚き、どうやったらそこまで継続出来たのかと聞いてきました。
「稽古に行きたくても行けない。母親がどうしてそこまでやるのかと周りから聞かれる。1歳の子供を抱いて極真のビデオを見ながら”キョクシン、キョクシン”と口ずさんで毎日泣いていた」
この大会に漕ぎ付けるまでの苦労が思い出されたのか、彼女の目から涙がこぼれました。
「私もあなたと同じだった。でも、どんな時だって空手は出来る。どんな事があっても止めたらダメだ。」
そう言って自分の拳を見せると、彼女は私の手を握って
「これがあなたの空手なのか?」
と聞いてきました。
「この拳は相手を打ち負かすために鍛えたのではありません。この拳は私自身の心を強くするために鍛えた拳です。」
私達はお互い何も言わず歓声が響き渡る会場の隅で、ただ手を握り合っていました。
私達女性が対峙しなければならない「弱さ」は武道を語る以前の問題であり、それこそ他者との関係性の中での葛藤に終始しています。
しかしこれを乗り越えなければ女性はいつまで経っても武道の蚊帳の外であり、これからの武道を担うべき女性達が前に進む事ができません。
迷い苦しみ、自身の置かれた状況に心が折れそうになった時こそ、真摯に武道の本質とは何であるかと向き合い、ひたすら打ち込む。
その姿勢は必ず人の心を動かし「弱さ」を克服せんとする者の背中を押す大きな力となるのです。
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いつも最高の環境で稽古出来るとは限りません。むしろ普段の生活こそ戦いの日々です。
そんな辛い日々の中で、私にとってはこの極真空手こそが一条の光でありました。
多くの人に支えられ、優しい仲間たちに支えられ、感謝の気持ちしかありません。
これからもただ、ひたすらに空手に打ち込んで行きたいと思います。
押忍。