マインドスイーパー 第4話 蝶々の鳴く丘で 後編 | ぽやぽやエブリデイ

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第4話 蝶々の鳴く丘で 前編 」の続きです。



注:この小説は18禁です。現実と空想の区別がつかない方にはおすすめしません。


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マインドスイーパー


……精神掃除士(患者の精神疾患を主とした自殺病治療の特殊能力を持つ医師の総称)




4.蝶々の鳴く丘で 後編



激しく咳をしながら、汀は目を開いた。


息が詰まり、呼吸が出来ない。


過呼吸状態に陥っている汀の口に、備え付けてある紙袋の口をつけ、圭介はその背中をさすった。


「大丈夫か? 落ち着いて、息を吸うんだ。しっかりしろ。ここは現実の世界だ」


「ゲホッ! ゲホッ!」


強く咳をした汀の口から、パタタタッ! と血が袋の中に飛び散った。


それを見て、圭介は歯噛みして汀の頭からマスク型ヘルメットをむしりとった。


そして車椅子から彼女を抱き上げ、出口に向かって走り出す。


「続いて、この子の処置に入ります! 僕が病室まで運びます。早く準備を!」



「負担をかけすぎだ……」


数日後、自室のベッドの上で呼吸器を取り付けられ、意識混濁状態になって眠っている汀を見て、大河内が苦そうに口を開く。


あの直後、汀は意識を失い、まだ目を覚まさない。


大河内は圭介に向き直って、彼をにらみつけた。


「いい加減にしろよ、高畑。この子は人間なんだぞ。お前の『治療』は、この子に負担をかけすぎている」


「だが、結果的に中島は一命を取り留めた」


資料をめくり、壁に寄りかかりながら口を開く。


大河内は一瞬黙ったが、また苦そうに言った。


「秋山さんは訴訟を起こすつもりらしい」


「へぇ」


「中島は命は取り留めたが、自分が何をしたのか、何者なのか、全ての記憶を失っていた。そんな人間を断罪したところで、意味はないとさ」


「いいことじゃないか。元々この国は死刑廃止論者が多いんだ。この機会に、死刑について考える人が多くなれば、法治国家としてのレベルアップが図れる」


「ふざけている場合じゃない」


「ふざけてなんていないさ。俺はいたって真面目だよ」


圭介はそう言って、資料を閉じた。


「レベル6の患者の治療に成功した例は、日本では初だ。これで、俺達は更に高みを目指せる。元老院も満足だろう」


「お前はそうやって、結果結果と……」


「だが、それが全てだ」


淡々と圭介はそう言った。


「結果を残せなければ、生きている意味も、存在している意味もない。過程なんてどうだっていいんだ」


「そのためにこの子を犠牲にしてもか。そうでもしなきゃ、お前の復讐は成し得ないとでも言いたいのか?」


「ああ」


簡単にその言葉を肯定し、圭介は鉄のような目で汀を見下ろした。


「精々働いてもらうさ。死ぬまで、俺の道具としてな。それが、この子の贖罪でもあり、義務でもあるんだ」


「…………」


大河内は無言で圭介の胸倉を掴み上げた。


そして、腕を振り上げ、彼の頬を殴りつける。


床に崩れ落ちた圭介を、荒く息をついて、大河内は見た。


「それがお前の本心か」


「……酷いじゃないか。大人のすることじゃないな」


頬を押さえながら、メガネの位置を直して圭介が立ち上がる。


彼は薄ら笑いを浮かべながら続けた。


「気が済んだか?」


「もう五、六発殴らせてもらわなきゃ、収まらないな。汀ちゃんのためにも」


「お前、勘違いしてるぞ」


圭介は小さく息をついた。


「治療は、汀が自分で望んでおこなっていることだ。俺が強制しているわけじゃない」


「騙していることは確かだろう。この子に真実を告げるんだ!」


「嫌だね。真実を告げたら、こいつは道具としての価値をなくす」


拳を握り締めている大河内の言葉を打ち消して、圭介は続けた。


「そういえば……岬とか言ったか? あの赤十字のマインドスイーパー」


「……その子がどうした?」


「目障りだな。関西総合病院にでも飛ばしてくれ」


「どこまでも最低な男だな……!」


「お前に言われたくはないね」


壁に寄りかかり、圭介は資料を脇に放った。


「さて、外道はどっちかな」


二人の男が睨み合う。


それを、ケージの中で小さくなって小白が見つめていた。



汀が目を覚ましたのは、それから一週間経った夜中のことだった。


しばらくぼんやりしていたが、苦しそうに呼吸器を外し、何度か咳をする。


そして汀は、ナースコールのボタンを押した。


しばらくして、寝巻き姿の圭介が、駆け足で部屋に入ってきて、電気をつける。


「汀、目が覚めたか」


「圭介……」


汀はぼんやりと答えて、首をかしげた。


「私、どうしたの?」


「急に具合が悪くなったんだ。それだけだ。気にするな」


「何だか、すごく疲れた……」


「無理するな。今、クスリを持ってきてやる」


「圭介」


汀は彼の名前を呼んで、言った。


「なぎさって、誰?」


問いかけられて、圭介は一瞬停止した。


「岬ちゃんって、私の友達だよね?」


「誰の話をしてるんだ?」


圭介は汀に向き直り、ポケットから金色の液体が入った注射器を取り出した。


それを汀の点滴チューブの注入口に差込み、中身を流し入れる。


そして彼は、微笑んで汀の白髪を撫でた。


「俺はそんな子、知らないな」


「夢に出てきたの。じゃあ、私の勘違いかな」


「ああ、お前の夢の中での出来事だよ」


圭介はそう言って、汀の手を握った。


「今日はゆっくり休め。お前、疲れてるんだよ」


「うん……」


頷いて、汀は圭介に向かって言った。


「ね、圭介」


「何だ?」


「私、また誰かのこと治したんでしょ?」


問いかけられ、圭介はしばらく押し黙った後、笑って頷いた。


「ああ」


「私、人を助けることが出来たの?」


「お前は立派に人を助けたよ。立派にな」


「嬉しい」


微笑んで、汀は呟いた。


「私、人を助けるんだ。もっともっと、沢山の人を……」


「ああ、そうだな」


頷いて、圭介は言った。


「俺は、それを出来る限り助けるよ」



女の子は目を覚ました。


ぼんやりとした頭のまま、周囲を見回す。


見慣れない病室。


見慣れない人達。


髭が特徴的の人が、にこやかに笑いながら、彼女に言った。


「私達が分かるかい? 分かったら、返事をしてくれないかい?」


女の子は頷いて


「……分かります」


と答えた。


髭の男性の後ろで、腕組みをしたメガネの男性が、壁に寄りかかって資料を見ている。


「私の名前は大河内。君の主治医だ。先生と呼んでくれればいい」


髭の男性に助けられて上体を起こし、彼女は猛烈な脱力感の中、ぼんやりと彼を見た。


「せんせ?」


「ああ、先生だよ」


「ここは、どこ?」


「赤十字病院だよ。君は、大きな事故に遭って、ここに運ばれてきたんだ。覚えてるかい?」


女の子はそれを思い出そうとした。


しかし、頭の中が空白で、何かガシャガシャしたものが詰まっていて、それが邪魔をして思い出せない。


「私……名前……」


「ん?」


「私の、名前……」


それが分からないことに、女の子は愕然とした。


大河内は少し押し黙った後、何かを言いかけた。


しかし後ろの青年が、資料を見ながら声を上げる。


「汀(みぎわ)だ。苗字は、高畑」


「たかはたみぎわ?」


「ああ。お前は、俺の親戚だ」


資料を閉じて、メガネの青年は彼女に近づいた。


「俺は高畑圭介。圭介と呼んでくれていい」


「私の親戚?」


「そうだ」


「お父さんと……お母さんは?」


問いかけられ、圭介は一瞬苦い顔をした。


しかしすぐにもとの無表情に戻り、彼女に言う。


「お前に、お父さんとお母さんはいないよ」


「いないの?」


「お前が小さい頃、事故に遭って他界した。それからずっと、お前は俺と二人暮しだ」


「私、どうしたの?」


「大型トラックに撥ねられたんだ」


「体が動かないよ……」


「右腕は動かせるはずだ」


「他のところは?」


「麻痺が残ってる。無理だろうな」


「高畑」


そこで大河内が圭介を制止して、口を開く。


「まぁ……まだ起きたばかりで分からないことが多すぎるだろうから、ゆっくり理解していこう、な? 私が、君のリハビリと訓練を担当させてもらうから」


「リハビリ? 訓練?」


「うん。大丈夫だ。少し頑張ればすぐによくなるさ」


問いかけに答えず、大河内は続けた。


「何か、流動食くらいだったら食べられるかな? おなかは減ってるかい?」


「全然減ってないよ……」


そこで汀(みぎわ)と呼ばれた女の子は、壁に取り付けられた鏡を見て、動きを止めた。


そこには、老婆のように髪の毛を真っ白にさせた女の子……ガリガリに骨と皮ばかりのやつれた姿をした子が映っていた。


動く右手で顔を触り、それから髪を触る。


白髪には艶がなく、パサパサとした感触が手を伝わってくる。


「これ……私……?」


目に見た事が信じられず、汀は呆然と呟いた。


その頭を撫で、大河内が言う。


「私は、今の髪の方が好きだよ。白い方が素敵だ」


「…………本当?」


「ああ、本当だ」


彼がニコリと笑う。


その後ろで、圭介が持っていた資料を、汀の膝の上に放った。


パサリと音を立てて薄い資料が、彼女の目に留まる。


表紙に、端的に


『Mind Sweeper 契約書』


と書かれている。


「お前はこれから、マインドスイーパーとして、俺と一緒に働くことになる。暇な時にそれをよく読んで、サインしておけ。重要な書類だから、なくすなよ」


「マインドスイーパー……って、何?」


「ワンダーランドに行ける職業だ。夢の国。行きたいだろう? 女の子だもんな」


皮肉気にそう言って、圭介は背中を向けた。


「それじゃ、また来る」


歩いていく圭介を見送り、汀は呟いた。


「あの人……怖い……」


「無愛想な奴なんだ。根はいい人間だ。信用してやってくれ」


大河内がそうフォローして、汀の手を握る。


「とにかく、一命を取り留めてよかった」


「せんせ、私、もう体動かないの?」


「そんなことはない。リハビリして、ちゃんと過程を踏めば段々動くようになってくるさ。今はただ、麻痺しているだけだよ」


圭介とは真逆のことを言い、大河内は優しく、汀のことを抱きしめた。


汀がびっくりしたような表情をし、しかし冷えた体に感じる人の体の温かさに、安心したように息をつき、大河内に体を預ける。


「泣かないで。一緒に治していこう。一緒に」


いつの間にか汀は泣いていた。


涙が、次々と目から流れ落ちていく。


「あれ……? あれ……?」


呟いて、汀は右手で目を拭った。


「どうして私……泣いてるんだろう……」


「人の心は難しいものだ。君がどうして泣いているのか、分からないけれど……」


大河内は汀から体を離して、また頭を撫でながら言った。


「これからは、私がついている」


「……うん」


涙を流しながら、汀は頷いた。


いつの間にか、彼女の病室の表札は、「高畑汀」となっていた。


振り仮名で、「なぎさ」ではなく「みぎわ」と書いてある。


その意味を、彼女はまだ知らない。



びっくりドンキーのいつもの席で、汀はチビチビとメリーゴーランドのパフェを食べていた。


圭介がステーキをナイフで切って口に運ぶ。


「でね、圭介。3DS、結局値下げしたんだって。ネットに書いてあったよ」


「もう一台欲しいとか言い出すなよ」


「使わないからいらないなぁ。それより、PSPVITAが欲しい」


「あれの発売日はまだ先だろ?」


他愛のない会話をしながら、圭介はナイフを置いた。


そして汀の前に、一抱えほどもある包装された箱を置く。


「ほら、プレゼントだ」


「どうして?」


目を丸くした彼女に、圭介は笑いかけて言った。


「覚えてないだろうけど、お前、レベル6の患者の治療に成功したんだ。そのお祝い。前から欲しかったって言ってた、雪ミクのプーリップ(ドール=人形)だ。数量限定だから、手に入れるの苦労したんだぞ」


「圭介、大好き!」


そう叫んで、汀は包装紙を手荒に破いた。


そして中に入っている頭が大きいドールを見て、嬌声を上げる。


「わあ、可愛い!」


「大事にしろよ」


そう言って食事に戻った圭介に、汀は箱を抱きながら言った。


「ね、圭介」


「ん?」


「この前ネット見てたらね、死刑判決が出た人、あのさ、女の人拷問して殺した人」


それを聞いて、圭介の手が止まった。


「自殺病は治ったけど、死刑を取り下げるようにって、被害者の人たちが言ってるんだって。不思議だよね。どうしてだろ、って私は思ったよ」


圭介は何事もなかったかのように食事を再開して、そして彼女に微笑みかけた。


「人間って、不思議な生き物だからな」


「それで片付けるの?」


「だって、それが全てだろ」


彼はステーキを咀嚼してから、続けた。


「ほら、アイスが溶けるぞ」


「……うん!」


人形を大事そうに抱きながら、汀はパフェを食べる作業に戻った。


隣には、小白が眠っているケージが置いてある。


圭介はしばらく、感情の読めない無機質な瞳で彼女を見ていたが、やがて自分も、ステーキを食べる作業に戻った。



第5話に続く。



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