まったく、スープネタではありませんが(^^;

母の四十九日のこと、お付き合い願います。


納骨の日は四十九日となる11月3日・・・のはずでしたが、

9、10、11月と3ヶ月かかってしまうと何かがよくないそうです。

ということで、三十五日の納骨という名目、

でも日付は四十九日になるべく近く10月30日の日に納骨となりました。


亡くなってから毎週七日ごと、

忙しい中、遠いところを母のために沢山の親戚がお線香をあげにきてくださいました。

本当に感謝の言葉もありません。

こんなに母はみんなから愛されていたのかと、

そしてちょっと疎遠(?)だった親戚がこんなに身近に思え、親近感を持ちました。

・・・母は細かなことにも気を使う人だったので、

この先、親戚とうまく付き合っていけるようにと仕組んだようです(笑)


姿は変わリましたが母がいる生活にも慣れて、これが日常生活になりつつあるところに、四十九日はやってきます。

ほんとに容赦なく。


10月30日(土)台風。

ものすごく大荒れの天気の中、親戚一同、これまた遠いところから足を運んでくれました。

くどいようですが、母というお人は家が大好き。

きっとご本人、

「今日、四十九日じゃないじゃない!絶対四十九日まで家に居るんだから!」

と、言っているのか、いないのか・・・(笑)

ちなみに四十九日にあたる11月3日(水)は晴天、穏やかなあたたかな1日でした。


お寺の本堂、お坊さんがお経を唱えてくださいます。

ほんとにこの瞬間から、母が亡くなったということを実感させられます。思い出される。ツライです。

やっと今の日常生活に慣れたのに、また慣れるまで・・・。

お経が終わるころ、少し弱まっていた雨音が、バケツの水をひっくり返したような音と共にひどくなりました。


「あ~っ、そんなにお墓に行きたくないのね・・・」


これから納骨・・・。もちろん、お墓は外。


1人で入るには広すぎる。さびしそうなお墓の中。

かといって、まだ一緒に入れないし・・・

みんなを呼んじゃダメよ、お母さん。


一連の儀式は終わり、

日常生活に戻るには、まだまだ時間が必要です。



スープを作って飲まなくなってしばらく経ちますが、体調が変わりました。

何が変わったのかははっきりわからないのですが、ちょっと違います。

現在は自分のために野菜をレンジで温めて食べてますが、

野菜をちゃんと煮込んでスープにしたものの方が身体によいように感じます。

専門家ではないので、はっきりといえませんが。。。(^^;


16~22日までの母のことを少々書きたいと思います。


亡くなってから、彼女(母)はお彼岸ということもあり、21日まで家に居ました。

16日、現実的な話ですが、

息が止まった後に在宅看護の先生の所に連絡、来ていただき死亡診断書を書いていただきます。

母の肌は皆がうらやむ位に綺麗なシミ、シワのない肌。

しかし息をしていない人はやはり顔色も悪く、目もくぼみ気味。

その後は葬儀屋さん。

母はドライアイスと共ににこやかな微笑を浮かべながら、棺に寝かされます。


葬儀屋さん曰く

「綺麗なお顔ですので、お化粧は娘さんたちでしてあげたほうがよいと思います。

生前、大好きだった食べ物などをお供えしてくださいね。

また、明日うかがいます。」

それから大変。

・・・「好きなもの?」ってなんだったけ?

まずは果物。左右対称で並べます。


17日の朝、結局、母の好きなポタージュを作る。

おはぎ、レアチーズケーキに普通の食事、全部手作り、ラップをしてお供えしました。

母の顔を見るとなぜか複雑な顔。

姉と二人でお化粧もする。

あまり化粧をしなかった母なので素肌に近いもの、そして肌が明るく見えるように。

ファンデーションはマキアレイベル(これすごくよい)。後はチーク、薄い口紅。

もともと肌が綺麗な母、目のくぼみもなくなり、顔色もよく、息しているよう!


18日の朝、やはりスープ作る。母が好きだったミネストローネ。

葬儀屋さんが来て、母を見て「綺麗になりましたね」

お供え物のラップをはがしながら・・・

「お供えするときはラップをしたままだと仏様が食べられません。

仏様は食べるのが早いそうなので、お供えした後はみなさんで召し上がってくださいね」

知らなかった・・・ごめんねお母さん・・・

って母の顔を見ると食べれたことに満足したのか笑顔。

親戚が来てお線香をあげ、母の顔を見ると息を呑む。・・・なぜって?生きているようだから。


19日の朝、トマトジュースのポタージュ作る。


20日の朝、しいたけ出汁のスープ。

この日は病気で卒業が半年遅れた甥の卒業の日。卒業証書をよく見えるように棺の上に置く。

母は、まんべんの笑顔。ここ数年こんなにうれしそうな母の顔は久々でした。(家中の誰もがそう言ってます)


21日の朝、すいとん作る。

お寺に行く日。笑顔はなく、どことなくさびしそうな母。


22日お寺で告別式。

最後の本当のお別れの時、お花で飾られながら、母も泣いていました。

荼毘にふされた母のお骨は真っ白で沢山ありました。

こういう経験の少ない私ですが、今まで見た中で一番綺麗で沢山の白い骨。


母は現在、姿はかわりましたが家に帰ってきています。

表情はありませんが、なんとなく声が聞こえてきそうです。

私自身、毎日とは行きませんが、スープも作ってますが、

ちょっと壊れているような感じで、いきなり泣きます。

親が亡くなるということは、こんなに辛い・・・????

辛いという感情では表現できない気がします。

・・・なんかよくわからないけど、なんで涙がでるのだろう?


ぐだぐだと書いてしまいましたが、

うまく感情が操作(?)出来ない、まだまだ甘ちゃんの私、

いい年をしてこの先、ちゃんとした大人になれるのか・・・

って大人になる予定もないけど(^^;


私事ですが、私がブログを始めたきっかけは、

毎朝、スープを楽しみにしている母のために作っているものの記録としてはじめました。

母は肺の病気で数年前より徐々に悪くなり、今年2月よりほとんど寝たきり生活。

病院嫌いな母は家族が多いということもあり、在宅看護を希望しました。

病気のため細くなったしまった身体、一般の人よりカロリーを摂取しなければならない状態。

食の細い母には、食べるということ、息をすることも大変なことだったと思います。

なるべく色々な具材を使って作るように心がけてきました。

本日も作リましたが、もう何も食べることも飲むことも出来ないまま、母が戻らぬ人となりました。

最後に飲んだスープは15日朝。

自宅に来てくださるお医者様から「今日明日がヤマです」と言われながら、

昨日は多くの親戚を笑顔で迎え、

笑顔でみなさんと母なりの感謝の気持ちを込めた最後のお別れをし、

本日、息苦しい顔もなく、家族と親戚が見守るなか、静に息を引き取りました。

とても安らかな顔で、思い出されるのは昨日の少女のような笑顔。

まったく無知な私が、実験的に作ったスープを毎日楽しみに飲んでくれた母に感謝しています。


最後に興味を持って、このブログを見てくれた方々に感謝します。

また実験をしたくなるまで、しばらくお休みします。