
【上(かみ)と下(しも)】
稽古の始まりと終わりには「黙想(もくそう)」をします。
黙想は無念無想ではなく、空手に励んでいる自分の姿(高い蹴りやスピードのある突きを出せている自分)を静かに目を閉じ思い浮かべるのです。
稽古始めの黙想は「気持ちを高める」、稽古終わりは「気持ちを沈める」といった役目もあります。
道場での「礼」は「正面(神前)」「先生(師範)」「先輩、同輩」の礼に始まります。
これは剣道の「三節の礼」と同じです。
「正面」は、その建物の造りにもよりますが、基本的には神棚が祀られてある場所、神棚がなければ「北」を正面とします。
正面の真ん中は「正中(せいちゅう)」と呼ばれ、そこが最も尊い場所で、そこから見て左手側が「上座」になります。
整列する時は左の一番前から順に並んでいきます(帯、入門日、生年月日の順)。
この「左優位」の考え方は古代中国の「天子南面す(てんしなんめんす)」が元になっていて、皇帝は北を背にして南を向いて鎮座し、日が昇る東(左側)を優位な方向としたのです。
しかし時代によっては「右優位」の時もあったようで、中国の戦乱期には「右に出る者はいない」や「左遷(させん)」などの言葉が生まれました。
日本も長い間「左上右下(さじょううげ)」でしたが、大正天皇が西洋にならって、右側に立たれてからは左右の上位関係が一部逆転しました。
それによって関東では、男雛と女雛の並びが変わりました。(京雛は変わらず)
西洋の「右優位」は(右手は清浄)、(左手は不浄)の宗教観からくるようです。
よく使う方の手(右手)は「right=正しい」とゆう訳です。
金メダルの右側に銀メダルですね。
このように、しきたりの和洋折衷(わようせっちゅう)も進みましたが、わが国では「左優位」がまだまだ根強いようです。
演劇の舞台も、左(客席から見て右)を「上手(かみて)」右(客席から見て左)を「下手(しもて)」と呼び、物語は常に上手から下手へと流れています。
相撲の番付も東の方が西よりも格上です。
武道である空手も、そのしきたりは数多く見受けられます。
例えば道場への出入りです。
あまり意識しないとは思いますが、本来は左足から入り右足から出ます。
これは正面に向かって右手側の上座に対して失礼にあたらないように、下座足(左足)から入り、出る時は正面に対してお尻を向けないよう後ろ向きのまま上座足(右足)から出るのです。
これを「下進上退(かしんじょうたい)」と言います。
正座する時の座り方や手のつき方等も基本的にはこれにならっています。
ちなみに道着の合わせも左襟が前だし、「なおれ」の手の重ねも左手が上ですね。
本来、礼法の基本は相手に「危険だ」と思われない事にあります。
利き手である右手の上に左手を重ねるのは、そういった意味もあるのです。
十字を切る時も、試合前は右手が前、試合後は左手が前にくるのが本来正しい十字の切り方なのかも知れませんね。
「正座(せいざ)」は奈良時代に中国から伝わったそうですが、正式に「正座」と呼ばれるようになったのは明治以降の事で、それまでは「かしこまる」と呼ばれていました。
その座り方が、「仏前」「君主」の前で「かしこまる」姿だったからです。
立ちづらくてすぐに動けない「戦闘能力をそがれる」この座り方は、江戸時代の中頃から武士の作法として取り入れられ(参勤交代が盛んな頃)、明治以降「畳」の普及とともに庶民にも広まっていったようです。
ちなみに正座が定着する前は「あぐら」「立て膝」「横座り」などが一般的な座り方だったそうです。
元々正座は罪人に罪を吐かせる為のものだったとも言われています。(足の痺れは限界を超えます)
そう言った事から、この座り方には「争いません」「戦いません」と言う意思表示もあったようです。
現在の一般的な「礼法」は平安時代から「小笠原流礼法」にならっています。
武士もその影響を受けました。
武士の座り方は、右手に提げ刀(抜刀しませんと言う意思表示)をして左足から座り、右側に刀の刃を自分に向け置きます。
左、右と手をつき、上から頭を踏まれても息が出来るように両手で三角形を作り、まわりが見渡せる程度に頭を下げ、右手左手と戻します。(刀を抜く方の手を長く相手に晒さない為)
立つ時は左手に刀を持ちかえて右足から立ち(何かあった時、刀がすぐ抜ける為)、そのまま3、4歩うしろに下がり踵を返し出ていきます。
しかしほとんどの場合、非戦の意思表示として、右足から座り左足から立っていたのではないかと言われています。
元来は男性が右足から、女性は左足から座るのが一般的だったようですが、正座が左足から座り、右足から立つ「左座右起(さざうき)」に統一されたのは昭和に入ってからのようです。
それまでは柔道も右足から座り、左足から立つ「右座左起(うざさき)」が基本でした。
昭和18年頃の国の方針で、剣道にならい左足から座るようになったのです。
しかし今でも、「弓道」「合気道」「空手の一部」等は右足から座る「右座左起」を基本としています。
これは構えた時(左足前)が「正面(神棚)」から遠い方の足から座っているのです。
正面に向かって右手の上座から遠い方の足である左足から座るのと同じ意味合いがあります。
いずれにしても武道の礼法も基本的には「上(かみ)下(しも)」のしきたりに則っているのです。
武道における「礼」が少し一般と違う所は、「一番大切な頭を相手に差し出しながら」も、常に心は身構えていなければならないことです。
「相手を敬う気持ち」と「相手に油断しない心」と言う、このアンビバレンツな心理状態こそが武道の武道たる「礼法」なのです。
それらは全て武士からのものを受け継いでおり、何よりも一連の動作には「無駄がなく」そして「美しく」なければいけません。
正座から足を崩す「胡坐(あぐら)」の語源は「足組む(あぐむ)」からきているそうです。
韓国では「胡坐」が正式な座り方とされています。
「座礼」は手のつき方や上体の角度によって9種類に分けられるそうです。
座礼の「最敬礼」よりももっと深く頭を下げる「土下座(どげざ)」も古来からの礼式「平伏(へいふく)」のひとつです。
額が床につくくらい頭を下げ「畳よりも床」「床よりも地面」といった具合に「下座」であればあるほど、その意味合いも深まります。
ところで、私の母はよく正座をして編み物をしていました。
私達の「畳世代」では、もっぱら母親が正座をしていたのです。
女性の骨盤は子を産む為に横に広い構造で、縦に長い骨盤を持つ男性よりも正座が苦にならないのかも知れません。
その為、女性のほうが股関節の可動域も広く、開脚などは男性よりもよく開きます。
空手の技で言うと、真横に上がる横蹴り(男性は真横には上がらない)などは女性が最も得意とするところですよね。
何はともあれ、「礼」には「相手を思いやる気持ち」と「相手に不愉快な思いをさせない振る舞い」が大切なのです。
押忍 織田