【シャドー】
格闘技における「シャドー」の正式名称は「シャドーボクシング」です。
その名の謂れは、自分の影(シャドー)を見ながらパンチや動きの練習をするところからきています(現在は鏡をみてチェックする)。
また、仮想の相手(影)を想像して、ひとりで「独闘」するところからも、そう呼ばれています。

「シャドー」がうまい人は、それだけ技の引き出しが多く、実戦にも強いと言われますが、実際はそうではありません。
シャドーが苦手な人でも強い人はゴロゴロいます。
空手で言えば「型」と「組手」はまた別である、という事と同じです。

「シャドー」は言わば「イメージトレーニング」です。
スポーツや武道において、何も持たず、何も着けず、動きだけをチェックする「から動き」はとても重要な練習です。
「から動き」で意識しなければいけない大切な部位は、下半身です。
「下半身」の巧みなコントロールが全体の動きを左右するのです。

スピードを意識し過ぎると、フォームは乱れます。
から動き(シャドー)では、まずはゆっくりと動き、正確なフォームを身に付けることが大切です。

ワンツーパンチで言えば、左ジャブを引きながら、右のストレートを出すのが正しいフォームです。
このスピードとタイミングが合った両腕の「連動」が効果的なパンチを生むのです。
たとえば、単発の左や右のストレートパンチでも、打つ時にガード側の手を少し引くだけで、パンチの威力は増します。
人の身体の構造がそのように出来ているんですね。
パンチからの蹴りも、また然りです。
パンチを「引く手」と「蹴り出し」は同じタイミングでなければなりません。
そして引く手が速ければ速い程、蹴り足も速くなります。
蹴りが前蹴りならば、真っ直ぐ後ろに引き、まわし蹴りならば、ななめ後ろに素早く引くことも大切です。
よくガードに気を取られ過ぎて、蹴る時にまったく引き手をとらないように教える先生がいますが、それは正確なフォームとは言えません。
せっかくの蹴りの威力も半減してしまうからです。

空手の動きとボクシングの動きは、まったく違います。
蹴り、特に膝蹴りがないボクシングは「ディフェンス」で身体を大きく振っても、それほど危険ではありませんが、空手は相手の胸より身体が沈んでしまうと膝が飛んできます。
より小さな動きのボクシングは「攻撃が最大の防御」となりますが、大きな蹴り技のある空手では動きの基本は「受け返し」になります。

ボクシングの「スリッピング」や「ウィービング」や「スウェー」などのディフェンスに対して空手の「シャドー」では、パンチを直接手で払う「パーリング」や、まわし蹴りを脛でカットする「すね受け」や、前蹴りやまわし蹴りを手で払う「下段払い」や、試合では使えませんが、相手の腕を極める時の「外受け」や「内受け」などを用います。
この決定的なディフェンスの違いが、動きの違いになって表れるのです。

さらにボクシングと空手の大きな違いは、その「ステップ」にあります。
「入りの速さ」が決めてのボクシングは細かなステップが命です。
空手家の一歩がボクサーの二歩なのです。
一方、空手には「蹴り」があります。
蹴りそのものが「ステップ」に化けるのです。
前蹴りをそのまま前に下ろせば「インステップ」になり、まわし蹴りを横に下ろせば「サイドステップ」になります。
この場合の注意点は、下ろした蹴り足に素早くもう一方の足を引き寄せる事です。
どんな体勢になろうとも、常にスタンスを一定に保つことが戦いにおける生命線です。

「シャドー」で一番難しいのは「間合い」です。
仮想の相手が見えてないと、間合いが作れません。
前蹴りのあとに下突きを出してみたり、中段まわし蹴りのあとに、いきなり肘打ちを出してみたりといった事になりかねないのです。
私達はアメリカ映画の「スーパーヒーロー」のように手足が自在には伸びないので、間合いによっての有効な「技」は決まっています(しかし大きなステップでレパートリーは広がる)。

具体的に言うと、ロングの間合いは「前蹴り」や「後ろ回し蹴り」、ミドルの間合いは「中段まわし蹴り」や「下段まわし蹴り」や「ストレートパンチ」、ショートの間合いだと「膝蹴り」や「肘打ち」「下突き」などの技です。
「シャドー」が苦手な人は、この「間合い」やそれによって「出す技」に迷いが生じる場合が多いようです。

空手の「コンビネーション」の基本は前へ前へと攻めることにあります。
もしこの時、仮想の相手があまり下がらないと想定すると、技はロングの間合いの技からミドルの間合いの技、そして最後はショートの間合いの技できめることになります。
パターンとしては「左前蹴り」⇒「ワンツーパンチ」⇒「右下段まわし蹴り」⇒「左上段まわし蹴り」⇒「右膝蹴り」⇒とどめは「肘打ち」といった感じです。
もしこのパターンで「シャドー」を組み立てるのなら、最後の肘打ちのあとに「受け」が必要です。
「受け」と、それに伴う「ステップ」を繋ぎにして、シャドーをつなげていくのです。
例えば左スネ受けならば左へと回転し、左外受けなら右へと回転すればいいのです。
肘打ちからの攻防は、今度はショートからミドル、そしてロングの間合いへと変換していきます。
この最も難点な「間合い」を自由にコントロール出来るか否かが、「シャドー」の上手下手の別れ道なのです。

「シャドー」に慣れてくると、色んなパターンを試してみるのもひとつです。
「受けからの攻撃」「攻撃からの受け」「ステップからの攻め」や「対角線の技を出す」とか、「スイッチの蹴りを入れる」とかテーマを決めてやると幅も広がってきます。

「対面シャドー」は、その名の通り、実際に相手と対面してシャドーを行います。
お互いに前蹴りを伸ばしても当たらない距離に立って、技を出し合いますが、お互い全ての技に反応する必要はありません。
間合いは常にロングに保たれているので、自分で色んな間合いを想像しながら、相手の身体に向けて技を出します。
なれてくれば、相手の技に合わせて「カウンター技」を出したり、「フェイント」を仕掛けたりといった勝負の駆け引きも勉強します。
ただ闇雲に技を出すのではなく、しっかりと組み立てて、最後は自分の得意な技にもっていく事が「対面シャドー」では大切です。

「シャドー」には身体の微調整の役割もあります。
昔から武道は、「長いものは短く」「短いものは長く」「重いものは軽く」「軽いものは重く」使うイメージで動けと言われます。
この言葉通り、私達は様々な身体の使い方が練習次第で出来るようになるのです。
スポーツや武道には色んな練習方法がありますが、テーマはいつも「身体の能力を最大限に使うこと」です。